プロ野球・阪神タイガースの歴史で、掛布ほど甲子園のファンに育てられ、泣かされた選手もいないだろう。

スイ星のように現れた若トラ・掛布は、アッという間にミスタータイガースへと上りつめた。熱狂的な甲子園のファンは、「カケフ!」「カケフ!」と叫んだ。今では、選手の名前をコールする応援は当たり前になった。だが当時は、掛布に対する期待の高さから、満員の甲子園に自然発生的にコールが湧き起こったのである。

しかし、ケガに泣かされたシーズンは厳しかった。ヤジ、罵声…。チームの黒星を1人で背負いこまされることも、少なくなかった。掛布は自身の経験を踏まえ、「今は2軍を預かる立場ですが、出来るだけ多くのファンの方に見ていただきたい。ファンの方の目というものが、選手を育てる大きな力になるんです」と話す。

それは、高校野球も同じだ。春も夏も、甲子園の高校野球には、多くのファンが詰めかける。もちろん、掛布が経験したヤジ、罵声はないが、甲子園の高校野球ファンの声援がチームを強くし、選手を育て、そして数々のドラマを生むことは、球史も証明している。

掛布 甲子園での高校野球は1試合しか経験していませんが、甲子園のファンってすごく野球に詳しいと思う。他の球場が詳しくないという意味ではないですが、この学校はどういう状況で甲子園に出てきたのか。この選手の特徴は何なのか。ここの監督さんはどういう経歴なのか。そして、試合展開の分析…。そんな知識を持って応援するから、グラウンドとスタンドに一体感が生まれてくる。それが、ドラマを生むんでしょうね。

実際、甲子園のマウンドに立つ投手にとって、ピンチの時に銀傘からはね返ってくる声援は、何よりものプレッシャーとなり、それが逆転ドラマ、奇跡を生み出してきた。「甲子園には野球の神様が存在する」と言われるのも、甲子園の高校野球ファンあってのことだろう。

掛布は今、若いプロ野球選手に技術的な指導をする一方、若い選手には「個の力」の必要性を説いている。いくら技術を指導し、いくら練習で鍛錬しても、最後に結果を出すのは、投手ならマウンド、野手なら打席の中での「個人」にしかできない。「そういう状況になれば、だれも助けてくれない」。そう、もちろん、スタンドのファンは応援してくれることはあっても、助けてはくれない。

掛布 高校野球の人気が再び復活しているというニュースを見ました。野球の世界で育ってきて、今も野球の世界に身を置いている者として、すごくうれしいニュースです。高校野球はグラウンドの主役である選手は毎年変わるのに、人気が衰えないのはすごいことですよ。高校野球はグラウンドの選手や、強い学校のためだけのものではないということでしょう。大切にしたい日本の文化です。

甲子園の、甲子園による、甲子園のための野球。甲子園のファン気質をよく知る掛布が、「それが高校野球」という言葉には、重みがある。(敬称略=おわり)

【井坂善行】

(2017年9月10日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)