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野球の国から 高校野球編

 2018年夏、全国高校野球選手権大会(甲子園)が100回大会を迎えます。その記念大会へ向け、日刊スポーツが総力を挙げた連載を毎日掲載します。シリーズ1は「追憶」と題し、甲子園を沸かせたスター選手から、長嶋茂雄氏のように甲子園には出場できなかった選手までスポットを当て、高校野球の長い歴史を振り返っていく大河連載です。

新着コラム

1977年夏の甲子園決勝、マウンドに集まる東邦のメンバー

15歳エースはあまりの熱狂ぶりのため、家に帰ることができなかった。77年夏の甲子園決勝は8月20日。準優勝した東邦(愛知)の坂本は翌21日、チームと名古屋駅に帰ってきたのだが…。祝賀パレ…[]

1977年夏の甲子園決勝、10回裏にサヨナラ本塁打を放った東洋大姫路・安井(背番号2)と笑顔で握手をかわす東邦・坂本

坂本は、夏の甲子園の決勝で、最も悲劇的な幕切れを経験する。77年の決勝戦。先手を奪ったのは、東邦だった。2回に7番古川孝が右前適時打。東洋大姫路(兵庫)は4回に東邦守備の乱れもあり、同点…[]

1977年夏の甲子園、高松商との初戦に登板する東邦・坂本

15歳に宿った「名古屋電気(現愛工大名電)を見返したい」という思いは、莫大(ばくだい)なエネルギーとなった。坂本は入部を願い出た入学式当日に、監督の阪口慶三の前で、キャッチボールを披露。…[]

1977年夏の甲子園決勝、1回の投球を終えた東邦・坂本佳一(左)をベンチで迎える阪口慶三監督

77年4月。東邦(愛知)の入学式が行われた。高校生になったばかりの真新しい制服に身を包んだ坂本もいた。式が終わると、職員室に向かった。グラブなど野球道具一式を持ち、野球部監督の阪口慶三(…[]

1977年夏の甲子園、フィーバーが加熱し女性ファンに囲まれる東邦・坂本

全国高校野球選手権大会が100回大会を迎える2018年夏までの長期連載「野球の国から高校野球編」。元球児の高校時代に迫る「追憶シリーズ」の第12弾は、甲子園のアイドル、坂本佳一さん(55…[]

2013年、本紙のインタビューに答える香川さん

浪商の香川は甲子園の舞台で春夏合わせて5本塁打をかっ飛ばした。1979年(昭54)夏の甲子園で史上初の3試合連続本塁打。その後、3戦連発は清原和博ら6人(センバツでは2人)がマークしたが…[]

79年8月、甲子園練習で記念撮影する浪商ナイン

1979年(昭54)夏の甲子園、準決勝の池田(徳島)戦で、強打の浪商は影を潜めた。7回に1点を奪われ、9回にも加点された。8回まで池田のエース橋川正人に5安打に封じ込められたまま最終回を…[]

79年夏の甲子園、比叡山戦で3試合連続の本塁打を放つ浪商・香川

ドカベン香川のパワーは疲れ知らずだった。1979年(昭54)夏の甲子園での注目度はNO・1で、常に体重の話題がついて回った。連日の取材攻勢に、決まって香川は「量ってないから分かりませんが…[]

1979年全国高校野球選手権大阪府大会決勝、PL学園に勝利し声援に応える浪商・香川(左)と牛島

最後の夏は大いに盛り上がった。1979年(昭54)。激戦区だった大阪大会の決勝は、香川を擁する浪商とPL学園が激突した。PL学園は前年夏の甲子園で優勝していた。舞台になった2万3000人…[]

1979年選抜高校野球決勝、浪商を下しマウンド上に駆け寄る箕島バッテリー。投手は石井毅、捕手は嶋田宗彦

長短打の応酬となった浪商と箕島(和歌山)の決勝戦だが、明暗を分けたのは7回裏だった。浪商が6-5でリードしていたが、牛島和彦が1死から4番北野敏史に同点ソロを浴びた後、上野敬三に三塁打を…[]





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