捕手にとって、これ以上の瞬間はあるだろうか。
関東第一が1点リードの9回表、神村学園は2死一、二塁。打席にはこの大会初打席の左打者玉城。カウント1-2とエース坂井が追い込んだ5球目、真ん中やや外寄りの真っすぐをセンター前へ。
センター飛田が捕球する間際に打球が弾むも冷静に捕球し、勢いをつけてバックホーム。ホームベースの前で構えた捕手熊谷のミットにダイレクトでストライク返球。神村学園の二塁走者岩下がヘッドスライディングするも、乗金球審はやや間を置いてからアウトのコールで、勝負は決した。
一打同点の場面でクロスプレーでホームを死守し、試合が終わる。捕手としては夢のような幕切れだ。関東第一の鮮やかな紫のユニホームがグラウンドを跳びはねる様を、私は言葉もなくし、ただ見詰めていた。
私は玉城の打球がセンターへ抜け、サードベースコーチャーがホームに突っ込ませた瞬間、同点を思い描いていた。それは、一般的にいって左翼、右翼に比べ、前進守備を敷いたとしてもセンター前に運ばれると、本塁までの距離はおよそ2~3メートルは遠くなる。
どうしてもそういう球界のセオリーが頭をよぎるため、反射的にクロスプレーでのセーフを連想してしまう。打球が飛んでから、返球まで、わずか2、3秒の中で、正確にノーバウンドでミットに届けたセンター飛田と、絶対に落とせない送球を受けてアウトにした熊谷がパーフェクトなプレーを見せた。
試合が終わり、母校関東第一が、夏の甲子園では初の決勝進出を決めた。後輩たちは臆することなく、守備力を前面に出した本来の戦いをやり抜き、また神村学園の選手も最後の最後まで決してあきらめない闘志と粘りを見せてくれた。手に汗握る試合を見せてくれた両校には、尽きぬ拍手を送りたい。
そして、少し頭が冷静になってきてはじめて感じるのが、今大会初登板の大後を先発マウンドに送った米沢監督の肝っ玉の太さだ。私は先発を聞き、その大後が初登板と知り、驚きのあまり口が開いてしまった。
米沢監督とは先輩後輩の間柄で何度か会話もしている。およそ、米沢監督の人柄は想像ができる。非常に腰が低く、謙虚で物腰がやわらかい。裏表があるタイプではなく、実直な印象だった。
その米沢監督が夏の甲子園大会で初の決勝進出がかかった大一番の準決勝を、大会初登板の投手に託す。その決断力と、投手を信じ抜く胆力には、文字どおり脱帽した。どうなることかと、戦々恐々として見ていた初回、先頭打者に四球を与えた時、動悸(どうき)が激しくなったが、米沢監督は5回1失点を見届けるまでじっとベンチで見守っていた。
と思えば、神村学園の小田監督も、最後の場面で大会初打席の玉城を打席に送った。これもまた見事な采配だった。そして、玉城は期待に見事に応え、センター前に打ち返し、大勝負の本塁クロスプレーへとつなげた。
こうして考えると、今大会初登板の大後で試合は始まり、同じく大会初打席の玉城の初ヒットで、ハイライトへとつながった。両監督ともに、選手を信じてグラウンドに送り出し、これだけの接戦となったことが本当に素晴らしい。
関東第一の熊谷はよく投手をリードし、貴重な同点打も放ち、そして最後も鉄壁の守りで同点のホームを許さなかった。何も言うことはない。このまま、何も変えずに、これまで通り、投手に声をかけ、内外野に指示を出しながら、夢中になって決勝を戦ってほしい。(日刊スポーツ評論家)(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「田村藤夫のファームリポート」)





