【251】プロ野球では来季からピッチコムが導入される。これは特に捕手にとってはかなりの変化だ。今年、ファームでは一足先に試験的に導入されていた。そこで、実物の使い方を選手、コーチに聞いてみた。ピッチコムの使い方など、その実態をお伝えしたい。
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写真をご覧になりながら捕手になった気持ちで、ボタンを押すイメージを持ってほしい。まず、写真右側に9つのボタン群。細長い楕円(だえん)形のボタンを中心にして8つ、計9つのボタン。そして、左側には三角形の配置で3つのボタン群。
まず、左側の3つのボタンから。頂点のボタンはキャンセルボタン。右側のボタン群で球種、コースなどを指示するが、その時の取り消しボタンという役割だ。続いて残りの下の2つのボタンは音量ボタン。音量を上げる、下げるという使い方だ。
肝心な右側のボタン群に移るが、まず、この特徴的な配列には意味がある。これは、野球の分析原稿で良く目にする9分割イラストを思い描いていただければ、読者の皆さんもイメージしやすいだろう。
正確な9分割と比べると、やや変則的な並び方に感じると思うが、縦ラインの3列は内角、真ん中寄り、外角を意味し、横ラインの3列は高め、真ん中寄り、低めということになる。この横ラインの真ん中寄りの3つのボタンのうち両端の2つが、列の外側に張り出しているのが特徴。
これは、捕手が手元を見ずに手の感触で押しやすいように位置が工夫されているのだと感じた。同様に、真ん中の大きめのボタンも、そこを基準に押しやすいようになっているのだと、実物を見て少し触らせてもらいそう感じた。このピッチコムは捕手がレガースの上にのせて操作する。いちいち手元を見なくても、触った感触でわかるように配置に少し変化をもたせているのだろう。
そして、球種はこの9つのボタンで設定される。これは球団によってそれぞれ独自の設定が可能だと聞いた。例えば真っすぐは真ん中の大きめなボタンとする球団もあれば、左列の一番上を真っすぐにセッティングすることもあるだろう。
つまり、球種は9種類まで設定可能。ただ、私がここ数年ファームの試合を見てきた印象では、おおよそ5球種ぐらいが投手の持ち球としてのアベレージではないか。真っすぐ、カーブ、スライダー、フォーク、チェンジアップ、ツーシーム、カットボール、シュート。ここら辺が投手の持ち球としては一般的だろう。
さらにシンカー、あるいはスクリューなどの特殊球が加わるが、9種類で足りない投手というのはそういない印象だ。9つのボタンがあれば、まずは対応可能ではないか。
大まかに言えば、まず球種を伝え、次にコースと高低をボタンの配列に応じて押して伝える。やり直す時はキャンセルボタンを押して、再び同じ手順を繰り返す、こういう流れだ。
そして、私がこれまでとの違いとして感じたのは、いつボタンを押して伝達するのか、というタイミングだった。これまでは、返球を受けた投手は帽子をかぶり直すなり、ロージンを触るなり、あるいは足元をならすなどする。それからプレートに足を置いたところで、捕手はサインを送っていた。
これが、ピッチコムでは、もっとも早い伝達のタイミングとしては、投手が返球を受けた直後にボタンを押すことも可能になる。また、これまで通りに、投手が呼吸を整え、プレートに足を置いてからボタンを押す球団もあり得る。
つまり、早く伝達するチームでは、投手が準備を整えてから捕手のサインを見て意思疎通に費やす時間がいらなくなる。このケースを採用すれば、それは試合時間短縮に直結する。捕手と投手のこれまでのテンポがあるだろうから、最初のうちは違和感があったり、呼吸が合わないことも予想される。ただ、イニングを経ることにそこは解消されるだろう。
むしろ、私はボール球にするという捕手からの意思伝達に戸惑うのでは?と思った。これまでならば、指などでシグナルが出せた。私の現役時代は、指を何度も振ったらそれは「ボール球で」という意味で、それ以外のシグナルとして、レガースに触れる、あるいは右手でグーを作りそれで股間を数回たたくなど、視覚的に訴えた。さらに投手への意識付け、確認として大きく手を広げて「広く」とか、ミットと右手で地面を意識させるように「低く、低く」とジェスチャーで念を押すことができた。
ピッチコムに「ボール球に」とのボタンはない。となると、配球の流れの中ではゾーンに投げては危ない場面では、捕手がこれまで通りにジェスチャーで訴えるしかない。そして「この1球は必ずボール球で」とのメッセージは、非常に重要だ。ボール球にするということは、その次のボールに意味を持たせるための戦略が詰まっている。そこでボタン操作だけに気持ちが行ってしまえば、失投につながりかねない。
やはり「ここは低く」であるとか「ゾーンはだめだぞ」などのメッセージは、必ず投手に伝えなければならない。そして、そうした場面は勝敗に影響するケースになりがちだ。そこの意識は強く持っていないと、ピッチコムの使いやすさに頼っては危険だろう。
数年もすればピッチコムはすぐに浸透し、これまでの指でのサインはやがて廃れてしまうだろう。それは寂しくもあるが、野球は進化するスポーツだ。どんどん進歩して、それに伴ってレベルも上がり、よりスピィーディーかつ、スリリングなシーンが増えることがファンにとっての最大のサービスなのだと強く感じる。
このシステムの導入によって、いかに捕手の作業が軽減されるか、私の現役時代をひとつのサンプルとして紹介したい。まあ、昔の話として軽く流していただければ十分だ。
まだサイン伝達が許されていた時代は、特に二塁に走者がいる時はサインを出すのも非常に気を遣った。本命のサインの他にダミーのサインを3つ出すこともあった。つまり、球種を伝えるのに、4回もサインを出したのだ。
それも、本命サインだけ指の動きが他に比べて露骨な動きにならないように、ダミーのサインの時と本命サインで差がでないよう、同じテンポと強度で指を動かすように、その点はよく注意もされたし、自分でも気を付けていた。
指を使う際、私はスムーズに指が出るように、トレーニングとして日常生活の中でもよく指を動かしていた。信号待ちしている時、無意識のうちにサインを出す動きを繰り返していたこともあった。投手から見やすいように、そしてピッチングのテンポを崩さないように、そのための日ごろの訓練は大切だった。
そして、使う頻度は親指、ひとさし指、小指に比べると圧倒的に少ないが中指と薬指。その2本の指をスムーズに動かすことには苦労とした。例えば、私が現役時代はひとさし指、中指、薬指の3本を出すとスライダーのサインだったが、同様に中指、薬指、小指の3本もスライダーのサインにしていた。それをどう使い分けていたか、もうその理由は忘れてしまったが、同じ3本を出すのでも、私はひとさし指、中指、薬指の3本を出すのがあまりスムーズにいかなかった。
他の捕手とこんな話はしたことがないが、もしかするとどの捕手も同じかもしれない。ある試合では、そのサインを何度も出すことになり、指がつりそうになったのはいい思い出だ。捕手は指でサインを出すところから仕事がはじまるようなものだった。時代が変われば、捕手のサインも指からマシンに変わる、これも自然な流れというものだ。
効率よくサインを伝達して、試合時間も短縮され、サイン盗みの防止にもなる。その目的はピッチコムの登場で達成されるだろう。
一方で、私は捕手の特質のことが頭に浮かぶ。ダミーのサインを出し、盗まれているかどうかも分からない状況で、最悪を想定して最善の備えをする。このオールドスタイルは、やらなくてもいいひと手間だったと思う。
捕手とはそもそもそういう役割を担っていた。自分でいうのもおこがましいが、グラウンドの誰よりも広い視野であらゆる選択肢を考える。いろんなパターンに思いを巡らせ、正直に言えば無駄に感じることにも丁寧に向き合い、勝利への確率を目指していたように思う。そのことが、捕手としての役割に有形無形の効果を与えていたようにも感じる。
これからは、そうした余計なことに神経を使わずに、相手打者を打ち取ること、投手の投げやすさを考えること、そこだけに注力できるだろう。となれば、もっとシンプルに捕手としてのスキルアップに集中できるだろうし、ピッチコムによってもっと捕手が身近なものになればいいと思う。(日刊スポーツ評論家)





