石巻工が3回戦を制し、ベスト16入り。スタンドには石巻工OBの阿部翔人さん(日体大4年)の姿がありました。

 阿部翔人さん…。この名前にピンとくる人も多いのではないでしょうか。2012年センバツ、21世紀枠で出場した石巻工の主将として選手宣誓を務めた阿部捕手です。6月29日から3週間、体育教諭になるための教育実習で母校に帰っており、野球部にも毎日顔を出して指導をしています。この日は好投手・後藤大熙投手を擁する東北学院に逆転勝ちし「速球に対応してよく攻めてくれましたね」と後輩を称えていました。

 ~人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは苦しくて辛いことです。しかし日本がひとつになり、この苦難を乗り越えることができれば、その先に大きな幸せが待っていると信じています~

 阿部さんの宣誓文は、心の行き場を失った東北・関東地方の人だけでなく、全国の人たちの感動を呼びました。しかし反響が大きかったことで、阿部さんへの取材が殺到し、野球に集中したくてもできない経験も味わいました。大学の野球部に入ってすぐの頃、寮の部屋に取材のテレビカメラが来た時は先輩の目が気になってヒヤヒヤしたことも…。しかし当時の松本嘉次監督(現・仙台工副部長)から「震災のことは、一生言われることだから、しっかりと受け止めていきなさい」と教えられていた阿部さんは、自分の言葉で体験談や考えを口にしてきたと言います。

 「実習の中で『こころざし教育』という道徳の授業をしたのですが、石巻工野球部が取り上げられたドキュメント番組を用意して、支援してくれた人の温かさや、感謝の気持ち、鮮明に覚えている甲子園の思い出などを生徒に話しました」。

 5年前の自分を思い出し、大切なヒントを得たと言います。また、多くの人と関わったことで身についた「コミュニケーション力」は実習中に生かされました。

 「対話形式で授業を教えると生徒がノッてくれる。体育の授業は、実際やってみせたほうが『ウォー』って反応がいい。自分が高校生の時もそうだったな~と思いました」。

 野球の指導者を目指している阿部さん。実習中、2年半つけていた7冊の野球ノートを久しぶりに開き、自分で書いたある言葉にハッとさせられます。

 「キャプテンとして学んだのは『本気になること』。本気になることというのは、自分を犠牲にしてチームのために動くことだ」

 日付は2012年7月16日。夏の宮城大会3回戦で東北高に敗れた日です。「後輩にも、本気になって戦ってほしいですね。5年、10年経った時、きっと気づくことがあると思うから」。

 21日の4回戦観戦後に日体大のある神奈川県に帰る予定ですが「次も勝って、僕らが果たせなかった悲願の夏甲子園をつかんでほしい」とエールを送り続けます。後輩たちの奮闘に触れ、そして5年前の自分と“再会”し、「阿部先生」となって再び宮城に戻ってくる日を心に誓います。

 ◆樫本ゆき(かしもと・ゆき)1973年(昭48)2月9日、千葉県生まれ。94年日刊スポーツ出版社入社。編集記者として雑誌「輝け甲子園の星」、「プロ野球ai」に携わり99年よりフリー。九州、関東での取材活動を経て14年秋から宮城に転居。東北の高校野球の取材を行っている。