17年ぶりの甲子園出場を目指す札幌南が、立命館慶祥に5-4で競り勝ち、2年ぶりに初戦突破した。エース井沢駿介(3年)が2回に4失点し一時逆転を許したが、4-4の4回1死満塁から4番中前(なかまえ)俊祐右翼手(3年)が決勝の中前適時打を放ち、勝利に導いた。昨秋まで投手兼務も、ケガのため今春から野手1本に絞り打撃に専念してきた打の「しゅんすけ」が、投の「しゅんすけ」を救った。
中前が鮮やかに中前へ打ち返した。4-4に追い付いて迎えた4回1死満塁、立命館慶祥2番手太田の3球目ストレートを迷わず振り抜いた。鋭い打球は一瞬で外野へ抜け、三塁から1番石田勇貴二塁手(3年)がゆっくり生還。これが決勝点となった。「夏は4番が仕事をしないと勝てない。強い気持ちで打席に立った」。伝統校の主砲として、初戦でしっかり役目を果たした。
もう1人の「しゅんすけ」を助けたかった。昨夏の地区予選初戦は、井沢が延長13回を1人で投げ抜いたが1-2で敗れた。秋は地区から全道まで4試合36回、今春も全道初戦の北照戦まで5戦44回、たった1人で投げていた。夏から計93回、コールド勝ちは1度だけだった。エース頼みのチームになっていたなか「少しでも井沢の負担を減らしてあげたかった」と感謝の思いをバットに乗せた。
投手として入部し1年春からベンチ入りも、イップス(精神的な運動障害)で投げられなくなった。昨夏はブルペンで準備も、登板がないまま地区初戦敗退。昨秋は左肘を故障し、今春の地区予選前には左肩の関節唇を負傷し、投手の道をあきらめた。本来は右の井沢と並ぶ、左のエースになるはずがサポートできないもどかしさ。「情けなかった今までの分を取り戻したい」と野手専念で最後の夏に臨み、1つ結果が出た。
“中前”家は約100年前に先祖が広島から北海道に移住したと言い伝えられている。現在の北広島に根をおろし現在は札幌西区に住む。「でもセンター前だけ意識しているわけではありません。外角は引きつけて逆方向、内角はうまく引っ張る。基本が大事です。でも中前打を打つと、いじられますね」と苦笑い。この日は初回に右前打も放ち、3点目の生還を果たした。中前だけじゃない。右にも左にも打ち分け、21世紀初の甲子園切符を手繰り寄せる。【永野高輔】

