北福岡は、折尾愛真が春夏通じて初の甲子園出場を果たした。決勝戦は飯塚との打ち合いとなったが、満塁弾を含む3本塁打13安打の猛打で12-9で競り勝った。これで今夏6試合で10本塁打。プロ注目でゴジラの異名をとる高校通算40本塁打の松井義弥主将(3年)が軸の強力打線で聖地に乗り込む。

 折尾愛真が新たな歴史を刻んだ。9回1死一塁。全校応援約650人が「頑張れー」と大合唱する中、最後の打者を三ゴロ併殺に打ち取ると、プロ注目の“ゴジラ松井”こと松井主将は191センチの巨体で大きくガッツポーズ。右翼から内野へダッシュし歓喜の輪に飛び込んだ。スタンドでは泣く生徒もいた創部15年目の初優勝。創部から指揮を執り、三重・明野高時代3度の甲子園を経験した奥野博之監督(48)は「全校生徒が来て応援してくれて選手を後押ししてもらった。感謝です」と感無量だった。

 この日2安打1打点の松井を軸に破壊力抜群の“ゴジラ打線”がさく裂だ。2回2死満塁から1番・長野匠馬外野手(3年)が「絶対決めてやろうと思った」と、内角直球を人生初という満塁弾で先制。勢いのまま6回1死一塁からバックスクリーンに、この日2本目の高校通算15号をたたき込んだ。3回無死では、5番・野元涼内野手(3年)も負けじと、今夏6本目となる中越え弾。高校通算40本塁打の松井に注目が集まる中、どこからでも得点できる打力で13安打12得点と圧倒した。

 試合前、奥野監督と選手は、04年の創部時、1年生5人で練習を始めた同校近くの公園に赴いた。指揮官の「ありがとう。こういう場を与えてくれて」という感謝からだったという。公式戦は、創部2年目の夏の福岡大会から出場できたが、当時はまだ野球専用グラウンドがなく練習場を転々としていた時代。監督自らマイクロバスを運転し関東遠征に行くなど苦労も多かったという。原点の地で円陣を組み、指揮官から「OBの思いを受け継ぎ、お前らが甲子園に行ってこい」と鼓舞され、長野は「打って恩返ししようと思った」と燃えた。一時最大8点差を追い上げられたが「気を抜かず、点を取る強い気持ちがあった」と松井主将。甲子園でも北福岡代表の意地を見せる。【菊川光一】

 ◆折尾愛真(おりおあいしん) 1935年(昭10)私立折尾高等簿記学校として創立。折尾女子などを経て02年から男女共学となり現校名に変更。普通科、看護科、商業科に988人(女子650人)が学ぶ。野球部創部は04年。部員は47人。甲子園は春夏通じ初出場。主なOBは阪神小野泰己、J2徳島MF島屋八徳ら。所在地は北九州市八幡西区堀川町12の10。増田仰校長。

◆Vへの足跡◆

1回戦7-6玄界

2回戦16-8真颯館

3回戦8-4青豊

準々決勝6-5東筑紫学園

準決勝6-3北九州

決勝12-9飯塚