高校野球もオフシーズンに入った。各校がトレーニングに趣向をこらす中、花咲徳栄(埼玉)の冬季強化練習は異彩を放つ。同校からは、ここまで5年連続でプロ野球選手が誕生。同一高校からの連続ドラフト指名入団では、歴代3位となる。全国級の“スーパー中学生”がいないのに、なぜここまで選手が育つのか。同校を訪れると、グラウンドでゴリラが歩いていた!?

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ゴリラの正体は、花咲徳栄の投手陣だ。握りこぶしで地面を押し、砂の上をひたすら進む。「ゴリラウオーク」と呼ばれ、握力・肩甲骨強化を目的にする。

社会科教諭の岩井隆監督(49)がダーウィンの「進化論」から着想した。「ヒトは2足歩行で脳が発達した。ゴリラはそれをせずに最強になった。同じ動きをしたら、とてつもない上半身ができるんじゃないか」。

夏の大会は「投手は下半身より、上半身に疲れがくる」と持論がある。外野ポール間の自家製砂浜“徳栄ビーチ”を4足歩行で進み、腕全体のスタミナを鍛える。地下足袋を履き、地面をつかむ感覚も鍛える。

5年間で7人がプロ入りした。大学経由も含めれば7年で9人。右腕、左腕、捕手、強打者、巧打者とタイプも別々だ。中学卒業時は「地元では名前が知られる」レベルに過ぎなかった彼らは、2度の冬をへて急激に進化した。「こう練習をすればこうなれる、が開花してきたかな」と手応えを感じている。

投手には球速を求めるが「そこへの方法論は他とは違う」と断言する。腕の振りを速くするために、シャドーピッチングに時間を割く。「それと、内転筋だね」。股締めの鋭さにもこだわり、徹底してフォームを固め、冬のゴリラウオークなどで強度を上げる。

打撃練習では、17年夏の甲子園優勝時、10キロのハンマーでタイヤをたたいてリストを鍛える練習が注目された。「右投げ左打ちの子は、左手で最後に押し込む力が弱いんです」。リスト強化と命中率強化を重ねた結果、プロのスカウト陣が「毎年出てくるタイプだから」と敬遠しがちな右投げ左打ちの打者を5人、プロに羽ばたかせた。

練習メニューには根気が必要なものが多い。「ドカーンって作るタイプじゃない。コツコツ積み上げたらこんなに形になりました、というのが好きなんだよね」と笑う。だから、特にスーパー中学生にこだわることはない。「技術的に足りない部分がある方がいい。一緒に作り上げるのが面白いんです」。

岩井監督が創造する“花咲イズム”が、高校球界での存在感をじわじわ高めている。【金子真仁】

○…岩井監督は桐光学園(神奈川)卒業後、東北福祉大に進んだ。1学年上に阪神矢野監督、同期に阪神金本前監督などがいた黄金世代。ベンチには入れなかったが「あのレベルを間近で見てきたのは大きい」と感じている。

師と仰ぐ稲垣人司氏が2000年に急逝し、花咲徳栄の監督を引き継いだ。村上直心部長(43)福本真史コーチ(34)と3人で指導し、中学野球の視察も手分けする。素質はもとより「素直な子が伸びる。中学までを一度捨て、新しいものを習うつもりの子は伸びます」。自宅に帰るのは週1度。野球部寮に泊まり、生徒たちの内面の成長も見守っている。