32年ぶりに神宮を制した星稜(北信越・石川)・山下智将(としまさ)監督(42)はマウンドで喜ぶ選手を見つめ、ほほえんでいた。「苦労は、このチームに関してはないですね。本当によく自分たちで考えてくれている。助けられています」と語った。

星稜を強豪に育て上げ巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜の恩師としても知られる山下智茂元監督(78)の長男。長く部長などの立場で林和成前監督を支え、今年4月から正式に監督になった。

昨夏は代行監督で、今夏は正監督として石川県を制したが甲子園で2年連続の初戦敗退。「正直、甲子園に出ただけで満足感があったような気がしていた。甘いというか。このままでは全国では勝てないと思った」。下級生だった現主将の芦硲(あしさこ)晃太外野手(2年)は言った。監督交代が相次いだこともあり、伸び伸びとした同校特有の雰囲気が「甘さ」につながりかけていた。

今夏の甲子園。初戦の創成館(長崎)に敗れた夜、芦硲はホテルの監督室をノックした。「自分が引っ張りたいです」と新チームの主将に志願するとともに「やらされる野球ではなくて、自分たちで考える野球をやりたいです」と勇気を出して申し出た。監督も受け入れた。

練習メニューやチーム方針に選手の意見が入るようになった。神宮大会からはさらに割り切って、試合前ミーティングを選手だけで実施した。「彼らがどう考えているのかを知りたかったし、活発に意見交換する中で野球勘も上がってくる。感性も磨かれるので」と山下監督。

大会中は宿舎ホテルの一室に選手が集まり、ビデオ研究をしたり、話し合ったりしていた。「遅くまでやってるなあと思っていました」。監督は口出しせず、報告だけを受けた。

選手が導いた方向性をベースに、監督が作戦面で味付けをした。決勝点が入った8回。1死一塁から「たたきつけろ」とバスターエンドランでチャンスを広げた。ここで芦硲はスクイズの構えでカウントを整えてから、甘く入った変化球を一塁強襲打にした。

会心の4試合を振り返り「彼らなりに対策ができていた。後半の方は、私が追加で何か言うこともなかった。どんどんかみ合ってきたところがよかったですね」と頼もしげだった。

神宮大会、夏の甲子園でともに準優勝したチームは5学年前。今の選手たちは知らない。ヤクルト奥川恭伸、内山壮真、巨人山瀬慎之助を擁し、屈指の強さを誇った。才能だけでなく、選手同士が活発を意見を交わす大人のチームだった。当時、部長だった山下監督は「似ているかもしれません。あのチームも自分たちで考えることができた」とうなずいた。

松井の代も奥川がいたチームも、甲子園の頂点には届かなかった。石川県勢の悲願である甲子園制覇へ、大きな可能性を抱かせる優勝だった。【柏原誠】