日本高野連は26日、第96回選抜高校野球大会(3月18日開幕、甲子園)の選考委員会を大阪市内で開き、出場32校が決まった。元日の能登半島地震で被災した日本航空石川にも吉報が届いた。星稜(石川)が昨秋の明治神宮大会で優勝して北信越地区が1増となった「神宮大会枠」に入った。主力選手らは合宿先の山梨・甲斐市の系列校内で待機。被災地に残っている部員も含め、歓喜の瞬間をリモートで共有した。母校から離れた地で来たるべき春への力を蓄える。

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吉報に目が潤み、さらにたかぶった。「能登半島キャンパスは我々が守りますので、野球部のみんなは甲子園で思い切り暴れてきて下さい」。石川の母校でヘルメットをかぶる青木洋介校長(46)が中継で映された。守ります-。大人の強い言葉に、ナインは気持ちを強くした。

平穏な年明けのはずだった。元日午後4時10分に能登半島地震が発生。福森誠也投手(2年)は石川・輪島市の祖母宅で被災した。揺れはじめは「いつものかな…」。気付くと家族全員が尻もちをついていた。「揺れが大きすぎて自分も滑るみたいな。天井や壁も落ちてすごく怖かったです。感覚では10分くらい揺れて」。祖母手作りのごちそうも、飛び散った。

近所から「津波が来るぞ」と聞こえ、祖母をおぶって逃げた。高台の避難所では「しばらく野球をする気持ちにはなれなかった」。それでも、仲間とともに18日からの山梨合宿で練習を再開すると決めた。祖母にも「さみしいけど、みんなのために精いっぱい頑張ってほしい」と背中を押された。

地震の翌日には、羽田空港で事故が起きた。同校には航空関連の授業がある。野球部OBには整備士もいる。震災と事故。「生死」に向き合う出来事が続いた。及川蓮志(れんじ)内野手(1年)も「どちらも自分たちに関わっている。なんか、悪いことが起きてるなって」と不穏に感じていた。活動拠点が山梨県に移り、落ち着かない日常の中で、差し入れなど大人たちの熱心なサポートが目に焼き付く。「震災後、理事長先生がすぐに動いて練習をする環境をつくってくださって、本当にありがたいなと思います」。

センバツ発表前日には、地元ホテルからキッチンカーで10時間熟成のカレーを振る舞ってもらった。最速143キロ右腕の蜂谷逞生(たくま)投手(1年)は「久しぶりにカレーを食べることができてうれしかった」。感謝しながら練習を終え、段ボールとマットレスで作った簡易ベッドで眠る。「普通のベッドと変わらない、結構寝心地良いです」と部員からも評判。たくさんの人に支えられてここまでやってきた。

宝田一慧主将(2年)は「まだ仲間は(全員)そろってないんですけど、全員で力を合わせて頑張っていきたいと思います」と涙をぬぐう。一生忘れない支援を、大人になったら恩返しできるように。山梨から飛び立つ、日本航空石川の甲子園ストーリー。少しずつ明るい光が見えてきた。【佐瀬百合子】

◆日本航空石川 2003年(平15)創立の私立校。航空科が設置され、全校生徒は550人。石川・輪島市のキャンパスはのと里山空港に隣接し、学校行事として航空祭も行われる。野球部は創立と同時に創部。甲子園は春が今回で3度目、夏は2度出場。卒業生にロッテ角中、ヤクルト嘉手苅ら。

◆輪島市内の被害 日本航空石川のある石川・輪島市では、25日時点での死者が101人と発表されている。全壊などの住宅被害も万単位。1日の地震では市内でも震度7の揺れがあったことが確認されている。山あいにある同校は現在、自衛隊などの現地支援の拠点となっている。市内の中学生らの金沢方面への集団避難も行われている。

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