「青森山田 センバツ1勝、その先の日本一へ」第3回は、21年夏に青森山田リトルシニアで主将としてリトルシニア日本選手権で優勝、青森山田でも主将を務める橋場公祐捕手(3年)です。橋場主将は8日の抽選会で選手宣誓の大役を務めることが決定。大会4日目の21日第3試合で京都国際と対戦し「高校での日本一」へのスタートを切る。【取材・構成=濱本神威】
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「俺らが先だったんだけどなぁ」。22年夏、甲子園で仙台育英(宮城)が優勝。「東北108年目の悲願」と報じられた決勝戦をテレビで見ていた橋場は「俺らが先」と冗談めかして笑いつつも「本当に強かった」とひと言。「白河越え」の呪縛を解いた強さは認めざるを得なかった。
リトルシニアでは大きなプレッシャーと闘っていた。日本一を目指して青森山田に入学。だが、集大成となる3年時のジャイアンツカップ予選で敗退。目標達成には日本選手権で優勝するしかなかった。「あの時は東北開催ということもあって、『勝たなきゃいけない』と思っていた」。重圧を感じながら、まずチームの最高成績ベスト8を超えようと臨んだ準々決勝・水戸シニア戦では、最終回2死まで3-4。しかし、そこから逆転勝ちし、勢いそのまま頂点に立った。「あきらめないことは、自分たちが一番経験していること」。昨秋の東北大会では初戦の羽黒戦で延長13回タイブレークの末、逆転サヨナラ。中学時代から培った執念はどこにも負けない。
1月には同校のサッカー部が選手権決勝で近江(滋賀)を破り(3〇1)、2大会ぶり4度目の優勝。「日本一になるのは簡単なことじゃない。そういうところを目指してやっているチームがすぐそばにいることは、すごく刺激になる。『自分たちもやらなきゃ』とすごく感じます」。一層、日本一への意識は強まった。
仙台育英よりも381日早い21年8月6日、日本一を取ったその日に「甲子園でもう1度日本一になり、監督とコーチに恩返しを」と誓った。「自分たちを勝ちに導いてくれた人たちに『今度は自分たちが勝ちで恩返しを』という気持ちは変わっていない」。目標は日本一。だが「春の1勝を達成できていない。まずは1勝を」と目の前の試合を見つめている。
仙台育英は強い。あの優勝で東北のレベルの高さも知れ渡った。だが橋場は「そこでやっぱり東北勢のチームが続かないと。東北のレベルが上がってきていると言われている中で、やっぱり最後に勝ち切らないと意味がないと思います」。仙台育英に続くのは、俺たちだ。
○…32校の主将が一斉に封筒を確認する中、「選手宣誓」と書かれた紙を引き当てたのは橋場だった。いきなりの大役に、感想を問われ「今から緊張しています。引きたくなかったです」と硬い表情で答えた。だが、その後は「持ってるなと思った。これから先にこんな機会はないので、すごく誇りに思います」と前向きに捉えた。1924年(大13)の第1回大会から今年で100年。甲子園球場も開場100周年という節目の年。橋場は「高校生らしくはつらつとした、そして日本に勇気を与えられるような選手宣誓にしたい」と力を込めた。
◆橋場公祐(はしば・こうすけ)2006年(平18)7月31日生まれ。青森県むつ市出身。大畑小2年時に大畑BBCで野球を始め、青森山田中では青森山田リトルシニアでプレー。21年夏、主将としてチームをけん引し、東北勢の中学球界初となる日本一に貢献した。170センチ、71キロ。右投げ左打ち。

