今度は自分たちの番だ!日本航空(山梨)が東海大甲府を下し、3年ぶり7度目の夏の甲子園出場を決めた。今年1月に能登半島地震で被災した日本航空石川の一時活動拠点として、今春のセンバツに出場した系列校を支えた。今年3月の対外試合解禁日には、練習試合で大敗。手本として、背中を追い続けた日本航空石川は、この日、石川大会で4強入りを決めた。夢の実現へ、一足先に聖地への切符を手にした。
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32度の炎天下。抱き合う日本航空ナインの笑顔は、夏の太陽にも負けないほどまぶしかった。最後の打者を打ち取ると、一斉にマウンドへ。砂埃を立てながら、人さし指を青空に突き上げて喜んだ。
決勝の相手、東海大甲府は、準々決勝で昨春センバツV&今春センバツ8強の山梨学院を倒した強敵。それでも臆せず対抗した。エース高木秀人投手(2年)は6回1失点(自責0)。打線は初回から得点を重ね主導権を握り続けた。
今年1月の能登半島地震で、系列校の日本航空石川が被災した。3月まで同校を受け入れ、ともに食事や練習を行った。3回に左越え3ランを放った6番中西海月(みづき)外野手(3年)は「日常生活をともにできたのは、高校野球の中でもすごく良い経験だった」。当初は曜日を分けて練習していたが、いつしか一緒に行うようになった。
今年の対外試合解禁日に、センバツを控えた日本航空石川と戦った。4-12で大敗。2死から打ち込まれた高木は「バッターと対戦できていなかった」と、奮起した。まずは変化球の制球を改善するべく、ブルペン投球の5割は変化球を投じた。「2ストライクの場面を想像して投げたりして、制球がつきました」。春の課題を夏までに解消。この日の決勝でも、変化球がさえた。豊泉啓介監督(39)は「まだかつてない、甲子園での“航空対決”が実現できれば」と意気込む。寒かった冬に力を蓄えた日本航空。待望の甲子園切符を手に、今夏の主役となる。【佐瀬百合子】
◆日本航空 1932年(昭7年)に創立。野球部は1960年創部。生徒数は669人(女子280人)。野球部は84人(マネジャー1人)。バスケットボール部なども強い。甲子園出場は春1度、夏7度目。主な卒業生に元中日で現中日スカウト八木智哉、元近鉄松本拓也ら。山梨県甲斐市宇津谷445。佐藤美文校長。
◆Vへの足跡◆
1回戦17-0山梨農林
2回戦4-1甲府工
準々決勝4-3帝京三
準決勝11-1日大明誠
決勝7-1東海大甲府

