気温33度、炎天下の神宮に、夏の幕開けを告げるトランペットが響いた。東西東京270校が参加した開会式。初出場の南葛飾(東東京)は、木村飛影(ひえい)主将(3年)がプラカードを手に先頭を歩いた。緑の人工芝を行進する主将は、9年前、フランス・カンヌにいた。「レッドカーペットを歩いたことが忘れられないです」。こんな思い出を持つ球児は、そうはいないだろう。

 04年に公開された是枝裕和監督の映画「誰も知らない」に出演した。母に見捨てられた4きょうだいが、苦しみながらも絆を持ち、生きようとする物語。カンヌ国際映画祭で日本人初の主演男優賞を受賞した柳楽優弥の、無邪気な弟役を熱演した。冒頭のシーンでスーツケースにすっぽりと入って運搬されてきた6歳の小柄な少年は、165センチ、52キロの18歳になっていた。

 初めての神宮。「とにかく元気を出して戦いたいです」とはにかんだ。子役は映画2本の出演で小学校卒業と同時にやめ、高校から念願の野球を始めた。昨年までの2年間は軟式野球部だったが、今年4月に硬式野球部に昇格。6月にようやく硬式用の野球道具がそろったばかりの初出場校で、主将を任された。

 「誰も知らない」では、3人の世話に疲れ、葛藤して家を飛び出した柳楽が、偶然参加した少年野球に心のよりどころを見つけた。助っ人だった柳楽が任された「9番右翼」と同じく、木村も「9番右翼」が定位置。自慢は足で、練習試合ではほぼ毎試合2盗塁以上決めている。

 優しい“兄”だった柳楽とは今でも連絡を取り合い、昨年末は渋谷で食事を共にした。是枝監督とはLINEで近況を報告し合う。初戦は11日の八丈戦。「とにかく勝ちたいです」と決意を込めた。カンヌから甲子園へ。誰も経験したことがない、映画のようなストーリーに挑戦する夏が始まる。【前田祐輔】

 ◆木村飛影(きむら・ひえい)1995年(平7)4月12日、東京・葛飾生まれ。四ツ木中-南葛飾高。映画出演は「誰も知らない」、06年公開の「花よりもなほ」。家族は母、弟2人。165センチ、52キロ。右投げ左打ち。

 ◆映画「誰も知らない」

 04年公開。88年に起きた「巣鴨子ども置き去り事件」を題材に、是枝裕和監督が映像化した。2LDKのアパートに住む4人きょうだいはそれぞれ父親が違う。全員出生届はなく、学校にも通っていない。母親(YOU)が新たな恋人をつくって家を出て行くと、長男役の柳楽が面倒を見たが、生活費は底をつき、ガスや水道も止められ、子どもたちだけの生活は限界に達する。柳楽は04年の第57回カンヌ国際映画祭の主演男優賞を史上最年少及び、日本人で初めて受賞。