勝利数は、投手を評価する上で重要な指標の1つになってきたが、今季のメジャーではその価値観に異変が起き「勝利数の死」が語られている。

きっかけはメッツのジェイコブ・デグロム投手(30)の活躍だ。今季、8月26日時点で26試合、174イニングを投げ防御率が両リーグ1位の1・71、奪三振がナ・リーグ2位の214。先発投手で防御率1点台は現在、ア・リーグではレッドソックスの左腕クリス・セール(29)とデグロムだけと、他を圧倒する数字だ。しかし勝敗は何と、8勝8敗のちょうど5割。レギュラーシーズン終了時には、負け越している可能性も十分にあり得る状況だ。

もしデグロムが200投球回、防御率2点未満で勝率が5割未満となったら、100年以上なかった珍記録ということになるそうだ。

それでもデグロムは今季サイ・ヤング賞の有力候補といわれている。2010年にマリナーズの先発右腕フェリックス・ヘルナンデス(32)が13勝12敗、防御率がリーグ1位の2・27でサイ・ヤング賞を獲得したときも勝利数の重要性が議論されたが、今回のデグロムのケースはヘルナンデスのときの比ではない。デグロムがサイ・ヤング賞に十分に値するのなら、勝利数に何の意味があるのか、という疑問の声が上がっている。メッツのミッキー・キャラウエイ監督も「私は投手の勝敗に価値を感じなくなった。投手で最も語られるべきは、失点をどれだけ防いだかということだと思う。デグロムはその点で今季誰よりも優れている」と話している。

もう一つ、メジャーで勝利数を「死」に追いやっているのは、今季登場した「オープナー」制だ。メジャーで先発投手は「スターター」と呼ばれるが、先発ではなくリリーフ投手が試合の最初に投げ短いイニングで継投するのが「オープナー」。レイズが5月19日からこの戦法を使うようになり、チーム防御率が劇的に向上するなど、予想以上の成功を収めている。

例えばレイズの8月1日から15日までの13試合を見ると、初回から登板した投手、つまりオープナーが投げたのが2回以下の試合は7試合、4回以下が10試合だった。1番手より2番手で投げる投手の投球回が一番多いため、2番手投手に白星が付くことが多くなる。現時点でチームの最多勝利は、唯一先発として固定起用されているエース左腕ブレーク・スネル(25)の16勝だが、2位は新人の救援左腕ライアン・ヤーブロー(26)の12勝だ

レイズがこの戦法で成功しているため、他球団の中でも先発投手層が薄いチームや初回の失点率が高いチームなどの間で追随しようかという動きも出ている。今後オープナーの起用はメジャーで増えていくと、勝利数の指標の重要性はますます薄れていくかしれない。

【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)