10年前、22歳の青年の決断が日本球界を揺り動かした。08年9月11日、社会人NO・1右腕だった新日本石油ENEOS(現JX-ENEOS)田沢純一投手(32=タイガース)が、日本球界を経ずに直接大リーグに挑戦する「直メジャー」を表明し、レッドソックスと3年契約を交わした。日本のドラフト1位候補の海外流出は初めてで、大リーグではセットアッパーの地位を築いた。

  ◇   ◇   ◇   ◇  

 日本のプロ野球でプレー経験がない選手がNPB球団と契約するには、田沢に限らず、ドラフト会議での指名が必要になる。田沢がマーリンズを戦力外になった後、大リーグで移籍先が見つからなかった場合でも、シーズン途中からNPBでプレーすることはできない。

 例えば今季、巨人上原はオフ期間の市場が停滞したため所属先が見つからず、3月9日に巨人と契約した。田沢はこれも不可能で、仮にNPB球団でのプレーを希望した場合は、秋のドラフト指名を待つ間、1年間野球ができる環境がなくなる。ただし、前年のドラフト会議で指名を受けていれば、指名した球団は田沢との「交渉権」を得ることができる。野球協約では「交渉権」の有効期限は3月末日と定められ、開幕前にNPB球団と契約することは可能になる。

 退路を断った挑戦から10年。「田沢ルール」の取り扱いを含め、本人の選択次第で、NPB球団でプレーできる可能性を議論する時期に入ったのかもしれない。【前田祐輔】