ドジャース大谷翔平投手(29)の周りは感動にあふれている。

今回の「SHO-BLUE」は“最高のプレイグラウンド”を全世界にPRするカリフォルニア観光局のプレスツアーに、日本の新聞社として唯一参加した金子真仁記者(43)の現地レポート。ド軍の本拠地ロサンゼルスから少しだけ足を伸ばすと、そこには大谷も(きっと)知らない極上の光景があった。

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熱気球は浮く。人を乗せて浮く。離陸くらいじゃ怖くない。20分後、約1800メートルまで上昇するなら話は別だ。カゴ内には操縦士を含め15人。シートベルトはない。大谷と同じ早寝で背丈だけはそれなりに伸びた私は、腰から上が無防備に空中にさらされる。手汗びっしり。スターのような度胸がほしい。こうなればプロに命を委ねるのみ。

ドジャース大谷をドジャースタジアムで見る-。日本に住む野球ファンにとって最高のぜいたくだ。片道10時間前後、旅費もけっこうかかる。せっかくならば野球と何かもう1つ-。ハリウッドもいいけれど、カリフォルニアはゴールド・ラッシュの地だ。少しだけ足を伸ばせば“心が豊かになれるもの”がたくさん埋もれている。

例えばロサンゼルスから南東へ車で2時間ほど、テメキュラの街。海抜500メートルほどの街はぶどう栽培に適している。約50カ所のワイナリーがあり、ナパなど国内の有名産地に負けない品質の代物が割安で手に入る。ぶどう畑を歩く乗馬も盛んだ。

二刀流にとどまらない。熱気球が舞う大地としても現地人気が高まる。ドジャースタジアムの興奮はなくとも、静かなる感動がテメキュラにはある。いつの間にか1800メートルと雲の上まで高く舞い上がっていた気球に、奇跡が起きた。

朝7時21分、まばゆさに照らされた。雲の下から朝日が昇る。「天傳う 陽の出で立ちに…」。大谷が巣立った花巻東の校歌は、北上山地からの朝日が表現される。その山々ほど高い空中から眺める日の出。薄雲に気球の姿が投影され、七色の輪ができる。操縦士歴30年、陽気なビル・ギーソンさんが「ワンダフルデー…」とつぶやく。あまりに神秘的な体験に、同行の女性記者たちは涙した。

雲が消え、起伏豊かな丘にパッチワークの畑が並ぶ。天空から望むテメキュラ。野球場は2面、確認できた。現地PR職のノーマ・マーロウさんが30年前に訪れた時は「信号機が1つだけだった」と懐かしむ大地は、太平洋と砂漠地帯の真ん中に位置する。砂漠の熱が呼ぶ海風の通り道で、1日の寒暖差が大きい。

ワイナリーで活気が生まれ、30年前は3万人だった人口が、11万人と急成長を遂げた。それでもドジャース帽も日本人の姿もほとんどない。年間で日本人はどれくらいテメキュラに。「正確な数も調べないといけませんね」とノーマさん。裏を返せば日本人には未知のエリア。海外経験豊富なインスタグラマーは「トスカーナみたい…」と遠くイタリアの絶景を重ねた。

気球は旅の終盤まで着地地点を定めず飛ぶ。操縦士のビルさんは「風の吹くままさ。スタートと同じ場所に着地するなんて、ゴルフのホールインワンくらいの奇跡だよ」と笑う。私たちはどこに行くのか、何が起きるのか。彼の規格外のプレーに似たワクワク感。最後は荒野に止まる車の荷台にすっぽり収まり、気球に乗った全員が国籍も老若男女も関係なく、興奮に包まれた。

生涯忘れ得ぬ気球体験をくれたプロ集団の名は「グレープ・エスケープ」。ワイン以外にもいろいろあるぜ-。そう、大谷以外にも、ドジャース以外にも。ワインの丘の空旅、半袖の砂浜、氷点下の雪山。春なのにロサンゼルスから3時間以内に全てがあった。最高のプレイグラウンド、カリフォルニア。大人の遊び場が、日本の野球ファンを待っている。【金子真仁】

○…テメキュラは人口11万人で、大谷が育った岩手・奥州市と同規模でもある。旧市街地には個性豊かな店が並ぶ。ビストロ「スモールバーン」も名店の1つ。暖炉付きの屋外席も備え、雰囲気は抜群。野菜を生かした料理が多く、特に芽キャベツやカリフラワーのグリルは絶品。オーナーのギブソン夫妻は「私たちも日本が大好き。日本の皆さんもぜひお越しください」と笑顔を絶やさなかった。