東京6大学リーグ各校4年生の進路がほぼ出そろった。東大で2年からレギュラーの喜入友浩捕手(4年=修猷館)がTBSに内定し、アナウンサー職で採用された。東大野球部出身者が民放キー局のアナウンサーになるのは初めて。ドラフト候補の宮台康平投手(3年=湘南)元女房役が、連敗の経験を糧に「言葉の力」で野球を盛り上げる。

 スーツを着てネクタイを締めた喜入が、突然立ち上がって手品を披露した。「マジックが好きなんです。(面接で)野球がなければ何が残るかと聞かれて、その場でスプーン曲げたり、こういうふうに宙に浮くマジックをやりました」。エントリーシートを提出したのは3社。アナウンサー職のみだ。強みを最大限に生かし就職活動を成功させた。

 リーグ戦連敗記録を94で止めた3年春に野球を諦めた。「プロ野球選手を目指していましたが限界が見えました」。守備で貢献したが打率は1割5厘に終わった。しかし、喜入には頭脳的な配球の他に大きな武器があった。「野球以外なら話すのが得意。野球から離れたくなかったし、アナウンサーを目指そうと思いました」。OB訪問を始め、約3カ月で100人弱とつながった。巧みな会話のキャッチボールで魅了し、次々と面接をクリアした。

 連敗する中で「言葉の力」を実感した。2年秋の早大1回戦。0-7の5回裏に適時打を放ち1点を返した。「実況の方が『この1本が明日の1勝につながるかもしれない』って言ってくれて。1点返しただけ。普通の人から見たらどうでもいいかもしれませんが、勇気づけられて力になった。実況って実はアスリートも聞いているんです」。続く2回戦では、4年間で唯一の本塁打を放った。

 今年チームは年間4勝した。喜入のサポートもあり、宮台は3勝を挙げた。「どんな番組からも呼ばれるスキルを身につけたいです。『宮台のキャッチャー』だけじゃないんだなって思ってもらえるように」。これからは、マイク越しに後輩たちの背中を押す。【和田美保】

 ◆喜入友浩(きいれ・ともひろ)1993年(平5)8月27日、米国生まれ。4歳で帰国、福岡で小2から野球を始め4年から捕手。修猷館(福岡)では2年秋から正捕手。1年浪人し、東大理科1類に進学。1年秋にベンチ入り、通算64試合で202打数40安打、打率1割9分8厘。1本塁打。家族は両親。179センチ、77キロ。右投げ右打ち。

 ◆東京6大学リーグ出身の主なアナウンサー 東大野球部では中村信博氏が12年にNHK入局後、アナウンサーになった。大越健介氏はNHK入局後、記者を経てキャスターとして活躍。PL学園(大阪)から立大へ進学した日本テレビの上重聡アナウンサー、慶大からフジテレビの田中大貴アナウンサーらがいる。