30年前の1990年、5月12日の夜、広島市民球場に「クモ男」が出現した。広島-巨人戦の試合中、バックネットをするするとよじ登り巨人批判の垂れ幕などを垂らし、発煙筒を投げたりと試合を中断させた。男は逮捕されたが、この試合はNHKで全国放送されたこともあり大きな話題となった。

日刊スポーツは翌13日、「巨人戦中断 忍者男逮捕」の見出しで1面トップで伝えた。

【復刻記事】

なんともはや、迷惑な男がいたもの。12日の広島対巨人戦に、とんだ忍者男がちん入した。男は6回表、巨人の攻撃前にバックネットをスルスルとよじ登り、巨人批判の垂れ幕などをたらし、試合が9分間中断した。毒気にあてられたのか、広島の反撃も何やらシリすぼみ。巨人は対広島4連敗を免れた。

6回表、巨人の攻撃に入る寸前。時は午後7時20分ちょうど。NHKテレビの全国中継が始まった直後だった。黄色いふろしきで覆面をした忍者姿の中年男が高さ13メートルのバックネットに取りつき、広島、巨人ナイン、スタンドのファンがあ然とする中、よじ登り始めたではないか。

用意周到。傘の柄をカギにしたロープをバックネット裏上部にひっかけ、ロッククライミング風にぶら下がると、背負ったリュックから垂れ幕を取り出し、バックネットに掛け始めた。もちろん試合は中断。平光球審がブ然として見つめる中、垂れ幕1本は下へ落としたが、続々と3本を披露してしまった。

タテ3メートル、横25センチの白布に黒字で「天誅!悪ハ必ヅ滅ビル!」「巨人ハ永遠ニ不ケツデス!」「ファンヲアザムクナ」と書いた3本。落とした1本には「カープハ永久に不滅デス!」と書かれてあった。

額にはカープの「C」マーク。この男は広島ファン。巨人を非難する3枚の垂れ幕のわきで、三塁側巨人ベンチを指さして「ジャイアンツは許さないゾ」と叫びまくった。その1枚の「天誅!-」の幕には、桑田と思われる似顔絵が描かれていた。

前代未聞の試合ストップ。下から降りるよう説得する警備員に向けて、発煙筒を2本投げつける悪質な妨害行為に至って、最初は興味半分で笑っていた観衆も怒った。目的を果たし? 降り始めたこの忍者男に、バ声が飛び、ネットを揺すって落とそうとするファンも。場内騒然。男が地下足袋を滑らせて落ちそうになるシーンもあり、両軍ベンチともあきれ顔で見守った。

9分間の中断。これは広島にとって、あまりに大きい「時間」になった。規定投球練習を終えた直後の出来事に、川口はすぐベンチに帰ったが、集中力を完全にそがれた。再開直後に緒方の二塁打、篠塚へ死球と突然乱れて、試合を決定づける1点を失ったのだから…。

川口 何もないといえばウソになる。さあこれからという時の10分は長い。

山本監督 バカなことするわな!

ひいきの引き倒し。現場にいた本紙評論家の山田久志、小川邦和両氏とも「こういう中断は守備側への影響、特に投手には大きい」と話した。広島にとって、守りにつく時のこのハプニングで負けたようなもの。巨人緒方が「嫌だったけど、流れが変わるかなと思った」と話したほどだ。

以後、グラウンド、バックスクリーンに入り込んできた便乗犯8人。これでは、せっかくの接戦も、どくか空々しくなって、場内のザワつきは収まらない。場内警備の問題もあるが、ライバル同士の決戦を楽しみに来た大多数のファンも怒りのヤジを飛ばした。

「いろんな人がいる。ちょっと白けちゃったね」と、勝った藤田監督も後味が悪そう。広島山崎選手会長は訴える。「マナーよく観戦してほしい。せっかく引き締まった試合だったのに…」。試合後行われた現場検証・。スポーツの舞台で「現場検証」とは、なんとも似つかわしくなかった。

<クモ男は逮捕された>

広島県中央署は12日午後7時28分、広島市民球場のバックネットによじ登り広島対巨人戦を中断させた中年男を「威力業務妨害」の疑いで逮捕した。同署の調べによると男はやや酒に酔っており、逮捕寸前には3メートルの高さからグラウンドへ飛び降りて右足をくじいていたが、重傷ではなく、取り調べには素直に応じた。

動機については、「巨人も昔は好きだった。カープは今も好き。子供の夢を与えるプロ野球なのに、今の巨人はやることなすことけしからん。最近では桑田」と語っている。押収した所持品は垂れ幕4本のほか、発煙筒、銀紙製の手裏剣、おもちゃの手榴弾6個、安全ベルト、ロープ、黄色いふろしき(覆面代わり)など。同署は逮捕理由について「発煙筒所持など悪質このうえないので、現行犯逮捕で臨んだ」と発表。12日夜は同署に拘留したが、今後の処置は未定。

※記録、表記は当時のもの。逮捕された「クモ男」の実名は30年が経過しており外しました。