阪神藤川球児投手(40)が、今季限りでユニホームを脱ぐことを決めた。8月31日、球団が発表した。
開幕から守護神を務めたが、コンディション不良に苦しんだ。ここまで11試合で1勝3敗2セーブ、防御率7・20。現在は2軍調整中で、日米通算250セーブまで残り5と迫っている中での決断となった。引退会見は1日に兵庫・西宮市内で行われる。
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義理堅く心意気にあふれる。本音でズバズバとモノを言う。剛速球と同じくストレートで潔い。僕が知る藤川球児という男だ。驚いたことがある。08年10月、京セラドーム大阪でのクライマックスシリーズ中日戦の2戦目の試合前だった。「酒井さん、ちょっと」。練習を終えた藤川に呼ばれた。何だろう、大事な試合前やのに…。いぶかってロッカー前に向かうと、手には黒い紙箱を持っていた。
「最後でしょ、これ…」
開けると、黄金のグラブが入っていた。ポケットに赤い刺しゅうで「虎番お疲れ様でした!」と縫い込まれていた。僕は、この中日戦で6年務めた阪神担当を離任することが決まっていた。藤川には1週間ほど前に伝えていたが、なにせ大勝負のまっただ中である。自らの投球に集中すべきときなのに、現場を離れる記者を気遣ってくれる。その心の大きさに感じ入った。
この年は濃密なシーズンだった。すでに球界最強のリリーフ投手だった藤川が自らの野球観を子供に伝える連載「藤川球児の直球道場」で密着取材を重ねていた。最終回で人生観を聞いた。「夢って何だろう」。そう問うたときだ。「僕にとって、野球は夢でした。いままでの人生の一番大きなビジョンの大きな夢でした。夢はかなって、いまは目標です。これからの夢はね、家族ですね。家族を一生、大きな意味で幸せにしたい。死ぬ間際に幸せだったと、心の底から言ってもらえる生活を送りたいという、大きな夢を持っています」。野球人である前に人間として、1人の男として立つ。飾りっ気はなく等身大の姿に触れた気がした。
同学年の松坂大輔(現西武)とのツーショット写真を大事に持っていたことも印象的だ。「唯一の憧れですね。自分ができないことをやっている人の素晴らしさがありますよね。僕は(松坂のように)高卒ルーキーで155キロ、投げていません」と話したこともある。「松坂世代」の1人として、プロ野球界を力強く引っ張ってきた。
何度か一緒に写真を撮って気づいたことがある。カメラに向かって人さし指でポーズを取っている。いつも2本指のピースサインではなかった。いつか聞こうと思いながら、聞きそびれた。2番ではなく1番。常にNO・1を追い求めるのだと勝手に解釈している。
昨季は39歳にして、全盛期さながらのホップする球筋を取り戻していた。その軌跡にこそ、藤川の真骨頂を見た。現役引退を決めても1軍昇格を目指す。「お疲れさまでした!」と労をねぎらうのは、まだ少し、早いようだ。【酒井俊作】



