プレーボール直前、阪神岩田稔投手は胸の前で両拳を合わせた。満月の夜空を見上げ、目を閉じる。心の中で「ばあちゃん」が優しく笑っていた。

今季2戦目の先発は6回2/3を4安打無四球無失点。19年7月5日広島戦以来、454日ぶりの白星。チームのコロナ禍による「特例2020」を巡って登板日が二転三転しても快投で応え、「ホッとしてます」と胸をなで下ろした。

2カ月前の7月23日。岩田は2軍戦登板前日だったにも関わらず、1人飛行機に飛び乗った。日帰りで熊本・益城町に向かった。祖母・岩下ミツヱさんが老衰のため101歳で永眠。「いつも優しくて叱られた記憶がない。大好きなおばあちゃんだった」。もう1度、顔を見ておきたかった。

最後に会ったのは17年12月。ミツヱさんは16年4月の熊本地震で自宅が倒壊し、同町の施設で生活していた。「俺の顔を分かってくれてうれしかった」。背番号21のユニホームを渡すと、喜んでくれた。あれから3年。「101歳なのに、いい顔をしていました」。

8月上旬、プロ15年目で初めて右脇腹を痛めた。「終わったか…」。弱音を吐きかけた時も、祖母の笑顔を思い出して救われた。天国に白星を届け、「消えそうで消えない油性ペンみたいなのが岩田稔だと思っています」。ベテラン健在を証明した。【佐井陽介】