阪神藤川球児投手(40)の足跡を振り返る「球児伝」の第2回は、タイガースアカデミーでコーチを務める鶴直人氏(33)。プロ6年目の11年オフから藤川と自主トレをともにし「球児イズム」を吸収した。それは、現在の仕事にも生かされている。

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18年からタイガースアカデミーで野球を教える鶴氏は、藤川の存在の大きさを実感している。

「藤川選手はどんな練習するんですか?」。子どもたちから質問が飛ぶ。「藤川選手はこんな考え方だよ…」。鶴氏も惜しみなく教える。「球児さんは、子どもたちも偉大なピッチャーだと分かっているので」。名前を出すと、食い入るように話を聞いてくれるという。

子供たちに指導する投球フォームは、藤川から実際に教わったものがベースだ。自身の球威も向上した、体重移動や間合いの取り方。そして必ず伝えるのは「勝負にこだわる」ということ。「僕がそうだったように、野球を楽しくするプラス勝ちにこだわる、というところは、球児さんから教えてもらったことを伝えさせていただいています」。藤川が大事にした精神は、未来の野球選手たちに注入されている。

初めてもらった言葉に鶴氏の心は軽くなった。06年入団してまもなくのこと、2軍調整中だった藤川と初対面した。「はじめまして…」。同じ高卒ドラ1投手として、雲の上の存在。緊張で硬くなる姿を見て、藤川は「おー、おー」とフランクに話を続けた。「けがなんて、1年目2年目のことなんて俺も覚えてないから。25歳にもなれば、けがも治ってるし」。入団してからずっとけがが続いていた。「僕のけがの状況も、多分知ってくれていたのか。その一言で、その時の気持ちはすごく晴れました」。自身も若い頃の苦しみを知るからこそ、会ったばかりのルーキーへの温かい言葉だった。

11年オフ、鶴氏は初めて藤川との合同自主トレに参加し、一日中行動をともにした。グラウンドだけでなく、食事やお酒を飲みながら…。全てを野球につなげる藤川の一言一句をもらさぬよう、覚えてはトイレに行き、携帯電話のメモに打ち込んだ。共通していたのは「勝負事は勝つ」という考え方。優しい性格の鶴氏は、マウンド上でも優しさが見えると指摘された。「ハッタリでもいいからマウンド上で見せるな。発言も変わってくるから」。翌12年、自己最多43試合に登板。ゲキはシーズン中も続き、藤川が一時離脱した時もメール越しにハッパを掛けられた。「今踏ん張り時だから、頑張り」。登板結果を気にかけ、打たれたら励ます。面倒を見た後輩を最後まで気にかけた。

鶴氏はアカデミーの授業前、いつも藤川からの教えを思い返す。後輩に影響を与えた「球児イズム」は、これからもずっと受け継がれていく。【磯綾乃】

◆鶴直人(つる・なおと)1987年(昭62)4月25日、大阪府生まれ。近大付から05年高校生ドラフト1巡目で阪神入団。10年5月29日の日本ハム戦では、6回2失点でダルビッシュに投げ勝った。16年現役引退。通算成績は117試合、9勝8敗、防御率3・80。現役時代は180センチ、76キロ。右投げ左打ち。