阪神-中日がNPB初の通算2000試合を迎えた。両チームの対戦には多くのドラマがあった。

<阪神-中日主なできごと(○●は阪神から見た勝ち負け)>

◆1947年(昭22)5月9日=4○1(甲子園)球団名が中日となった相手と初の試合。梶岡忠義の完投で快勝。

◆54年7月25日=0●9(大阪)藤村富美男が判定を巡り球審に暴行し退場。藤村富は自身の退場処分に気づかず打席に立とうとし、放棄試合が宣告された。

◆64年9月30日=12○3(甲子園)大洋とのつばぜり合いを制し、2度目のセ優勝を達成。

◆73年8月30日=1○0(甲子園)江夏豊がノーヒットノーラン達成。延長11回に自らサヨナラ本塁打。

◆73年10月20日=2●4(中日)勝てば優勝が決まる大一番に敗北。試合中に球場横を巨人ナインが新幹線で通過する一幕も。同22日に巨人に敗れVならず。

◆84年10月5日=6●7(甲子園)ともに残り2試合で37本塁打の阪神掛布雅之と中日宇野勝に対し、両軍が敬遠合戦。阪神は宇野に押し出し敬遠するなど、前の試合からともに10打席連続敬遠でタイトルを分け合った。当時のセ会長が「野球協約の理念に反する」と声明を発表。

◆96年10月9日=11○1(甲子園)新庄剛志、塩谷和彦がプロ野球初の1イニング2満塁本塁打。

◆98年5月26日=2○0(倉敷)川尻哲郎がノーヒットノーラン達成。現監督の矢野輝弘とバッテリー。

◆05年9月7日=4○3(ナゴヤドーム)首位攻防。9回に判定を巡り騒然となる中、岡田監督がマウンドで久保田智之に「めちゃくちゃやったれ!」と指示。久保田はピンチを断ち、延長11回中村豊のソロで2年ぶりVへ前進。

◆06年9月16日=0●3(ナゴヤドーム)41歳1カ月の山本昌に史上最年長ノーヒットノーラン許す。