ファームリポートで現状を伝えたヤクルト雄平、日本ハム斎藤佑樹が現役引退を発表した。プロ野球の契約社会は厳しいと言われる。その世界で42年間を過ごしてきた田村藤夫氏(61)が、この季節に感じることを率直に語った。(全文3190文字)

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私は2019年限りで当時中日2軍コーチの契約が終わり、ユニホームを脱いだ。したがって、この非情さを感じる季節を、今は外から見守る。唯一現場を離れて気持ちが楽になった部分だ。この季節、特に2軍コーチにとっては、20代の若手選手への戦力外通告という避けては通れない現実が日常にあった。

既に現役引退を表明した選手が何人かいる。プロ野球ファンのみなさんならばよく知っていることだと思うが、引退を自分の口から言える選手は幸せだ。

決断する背景には、チーム事情を冷静に考え、少なくともその球団では活躍の場がないと感じ引退するケースもある。やり切ったと満足してユニホームを脱ぐ選手もいる。故障ゆえに結論に至ることもある。

水面下で球団から来季戦力外を知らされ、自身で幕を下ろすきっかけを球団が与えてくれることもある。チームに貢献した選手への球団からの敬意と言えるだろう。

さまざまなケースをすべて含めても、自分で引退を選択できるのは、このプロ野球の世界では素晴らしいことだ。自分で選手生活に区切りを付ける。結論を自分で出せる裁量が、そこにはある。

プロ野球選手として成功し、来るべき引き際を、さみしくとも決断できるのは、プロの選手としては恵まれている。ひと言付け加えたいのは、オリックス西浦選手が難病で選手生活を断念せざるを得なかったことは、本当に無念であったと思う。

私がこの時期に感じるプロの非情さとは、まだ若く、まだ成長する可能性を残した20代の選手たちに突きつけられる戦力外通告という現実だ。

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アマチュア球界の中、一握りの突出した素材と認められた人間だけが、プロ野球に挑戦できる。挑戦というからには、成功と失敗が表裏一体で目の前に広がっている。成功するか、戦力外になるか、そこにはいくつかの分かれ目がある。もちろん能力、努力という本人次第の要素も多分にあるが、本人にはどうすることもできない事情もある。チーム事情でその選手の球団内における序列が末端に下がれば、チャンスはなくなる。

補強ポイントと重なるタイプの選手、それも20代で実績がない選手には苦しい戦いになる。さらに故障がないのに2軍でも出番がない選手は、自分の立場の危うさを誰よりも感じているはずだ。2軍にいれば夏場から秋にかけ、試合に出られないプロ入り5年を過ぎたころの選手の悲壮感とは無縁ではいられない。深刻さと絶望の間で汗を流す姿は、何の説明も必要なく、見る者の心に刺さる。

1軍首脳陣の評価、2軍の監督、コーチ陣の評価によっても若い選手の立場は大きく変わる。それまではチャンスが与えられていたが、次第にライバル選手が使われるようになると、当然のことだが居場所はなくなる。実力主義と言えばそれまでだが、その評価の裏には、たまたまその時にチームが勝った、連敗したなどのチーム成績も大きく影響する。

引退を決めた時の私は、正捕手城島(ダイエー)のリザーブという立場だった。98年の夏場だったと思うが、城島が故障して登録抹消されても出番は来ず、城島が戻ると2軍に落とされた。39歳の私は「もういいかな」と感じた。それは、自分の居場所は1軍にはないと感じたからだ。

居場所を見いだせなくなるのは若手もベテランも同じことだが、「もういいかな」と感じて引退を考えるようになることと、「まだできる」と、熱く練習をしている若手とでは、当たり前だが受け止め方はまるで違う。若くして居場所が見えなくなる不安は、私には想像もできない。

チーム事情、監督コーチ陣の評価、そして故障。こうした要素によって、支配下選手のギリギリに位置する若手選手は、常に戦力外の危機にさらされながら、チャンスをつかもうと必死にやるしかない。

それはどこの世界でも同じなのではないかと感じる。私はプロ野球の世界しか知らないが、社会に出てステップアップしていくには人に恵まれたり、採用状況が好転した悪化したなどの要因があって結果が出てくるのだと理解している。

プロ野球はドラフト会議で新人選手との交渉権の獲得が決まると、支配下選手の枠から逆算し戦力外としてはじきだされる選手が出てくる。ドラフト会議前後には数回に分けて戦力外通告が行われる。文字にすると非常にリアルに映るだろうが、整理選手のリストがあり、優先順位の下から戦力外通告を受ける。そしてドラフト会議での獲得状況を考慮しながら、球団は2回目の戦力外通告をどの選手まで出すかを決めていく。

私は中日の1軍コーチ時代に、当時の落合監督が選手を呼び、その場で戦力外と、今後球団が用意するポストを伝える場面に立ち会ったことがあった。しかし、こうしてコラムに書けるくらいであるから、確かにつらい瞬間ではあったが、選手の表情はそう深刻には見えなかった。おそらく、監督、コーチの前では必死に平静を保とうとしていたのだろうと想像する。

選ばれてプロの世界に飛び込み、日々の競争の中で、いつしか戦力外のリストに入るようになる。その世代では群を抜く力があるからこそプロ野球選手になったが、力を発揮できずにグランドを去る。

力不足で戦力外を通告されてなお、自分の力を信じる若者を何人も見てきた。「俺はまだやれる」。この自分自身の評価が妥当かどうかは誰にも決めることはできない。しかし、私もそうであったように「俺は1軍でレギュラーになって活躍するんだ」と誰もが思って飛び込んだ世界で、やり残した思いを必死に断ち切り、プロ野球に別れを告げる姿は、見ていてつらかった。戦力外通告の瀬戸際から、引っ張り上げてやれなかったコーチとしての無力さも相まって、かけるべき言葉もないまま、目の前を通り過ぎていく若い選手の後ろ姿を、ただ見送るしかなかった。

夢と希望を持って、今年も若者がこの世界に飛び込んでくる。もちろん、自分が数年で戦力外通告を受けるなんて思いもしないで入ってくるだろう。いや、そんな用心深く、そして悲観的な気持ちでは、この激しい競争には勝てないのかもしれない。

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以下のデータは、過去10年で指名された選手のうち、そのチームで1軍出場なく退団した選手の割合(カッコ内は育成ドラフトを含めた割合)を表す。参考までに阪神を例に説明すると、過去10年で62人が指名され、現状で1軍未出場での退団者は1人。なお、1軍未出場は退団者1人を除き8人いる。※数字はすべて10月4日時点

【セ・リーグ】

ヤクルト11%(9%)

阪神2%(3%)

巨人14%(33%)

中日3%(13%)

DeNA14%(16%)

広島5%(16%)

【パ・リーグ】

オリックス5%(12%)

ロッテ8%(11%)

楽天8%(19%)

ソフトバンク6%(31%)

西武5%(6%)

日本ハム5%(5%)

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私が2軍の試合を見てファームリポートを野球ファンの皆さんに伝えているのは、今この試合で1軍へはい上がろうとする姿に、このままではプロ野球をあきらめる日がそこまでしのびよる危機感がにじんでいるからだ。そのあらがう様子を知ってもらいたい。

誰もが1軍には上がれない。運も、実力も必要な中で、誰にもチャンスはあり、誰にも解雇される危機はある。その成功と失敗の分かれ道が無限に続く中で、ふるい落とされ、もしくは生き残っていく。その鉄則が生々しくも、常に実在する、それがプロ野球の社会だ。

私にはドラフト会議でこの世界の仲間になる若者への期待と同じくらい、歯を食いしばって大好きな野球に別れを告げる若い選手の挫折が、胸に迫る。