今年から日刊スポーツ評論家に就任した鳥谷敬氏(40)が球界の話題を語る「鳥谷スペシャル」。昨季引退したばかりのレジェンド遊撃手は今、データ重視に拍車がかかる野球界の風潮に危機感を募らせています。【聞き手=佐井陽介】

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春のセンバツ大会を見ながら考えました。なぜ高校野球は面白いのだろう。人を感動させるのだろう。それは「最後まで何が起こるか分からない筋書きのないドラマだから」ではないでしょうか。そういった観点で見れば、ここ数年、プロ野球は面白みが減少している気がしてなりません。

データ解析システム「スタットキャスト」や、弾道測定器「トラックマン」の導入もあって、最近は選手の評価基準が何から何まで数字で表されます。スイングの角度や守備位置もデータから導き出される時代です。もちろん、データには事実を客観的に分析して、成功の確率を高められる利点があります。ただ、すべてを数字に委ねると、選手から考える力を奪ってしまう可能性も否めません。

たとえば守備位置。「この打者はここ」と指示されれば、投手や打者の状態から打球方向を予測する作業が不要になります。もし逆方向に飛んできたら「データが間違っていた」で終わりです。打者にしてもデータ通りの球種、コースでなければ、打てなくても「データが間違っているから」で済ませる選手も出てくると考えられます。

目の前の試合の勝敗だけを考えれば、それでも良いのかもしれません。選手にしても、責任を取らずに済む仕事が増えて楽になるでしょう。ただ、この流れは結果的に選手の価値を下げる気がしてなりません。見ている側の人たちも、プレーヤーの感性が反映されないシーンの増加を歓迎しているのでしょうか。

3年前、イチローさんが引退会見で警鐘を鳴らしていました。大リーグのベースボールを「頭を使わなくてもできる野球になりつつある」と表現した上で「日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしい」と。自分は今、当時のイチローさんの言葉に深く共感させてもらっています。

人が考えて物事を動かすのではなく、データから指示を受ける。それでは「人の感性はいりません」と言われているようなものです。そうなると、起きた事に対しての感情も湧かなくなる。考えなくなるから次のステージに進めなくなる。選手の進化を止めないためにも、「データに使われる」のではなく「データを使う」という考え方を忘れないでほしいと思います。

このままデータ重視の風潮が強まれば、スカウトの眼力より数値が重視されて、伸びしろのある選手がプロ入りできないケースが増えるかもしれません。「スイング軌道がこの投手のボール軌道に合わない」といった具合にすぐ外されて、なかなか主力に成長できない若手も出てくるでしょう。数字で表せない経験値が評価されづらくなり、単純に年齢で区切られるベテランも増えると想像します。

もちろん、データを軽視すべきだと考えているわけではありません。ただ、昨今の野球界はデータに縛られすぎている気がしています。人の感性や感情を抜きに選手の野球人生が決まっていきそうな傾向には、とても怖さを感じます。

このままでは、データを超越した活躍でワクワクさせる選手が減ってしまう。「この投手がここに投げたら、この打者はセカンドゴロになる」といった風に予測がつきやすいスポーツになってしまう。そうなると野球離れがさらに加速してしまうかもしれません。

ソフトバンクの柳田悠岐選手やオリックスの吉田正尚選手なんかは、大胆に右方向を固めたシフトを敷かれても、困った時は反対方向や野手がいない場所に安打を飛ばしたりもしています。データはあくまでデータに過ぎません。考えや感性もバランスよくミックスさせてファンを驚かせる選手が減らないことを、個人的に願ってやみません。

◆イチローの引退会見での発言 19年3月21日、東京ドームで「野球を楽しむにはどうすればいい?」と問われ、危機感をあらわに。「2001年にアメリカに来てから、全く違う野球になりました。頭を使わなくてもできる野球になりつつあるような。本来野球というのは、頭を使わないとできない競技なんですよ」と警鐘を鳴らした。日本の野球にも言及。「頭を使う面白い野球であってほしいと思います。アメリカの野球を追随する必要はないと思うので」と、日米双方で卓越した実績を残したイチロー氏だからこその考えを示した。

◆トラックマン デンマークのトラックマン社が開発した弾道測定器。ミサイル追尾のレーダー技術を応用して、球速、回転数、回転角度、打球の角度や飛距離などを正確に計測する。米大リーグでは全30球団が使い、阪神は18年から導入。ゴルフのツアーでも公式計測器として採用されている。

◆スタットキャスト レーダーとビデオ分析が合体したもので、ボールの速度から野手の動きまで、グラウンド上のもの全てを追跡し、瞬時に球の速度や走った距離などを測定できる装置。米大リーグでは15年に全30球場に導入された。

◆バレルゾーン 長打になりやすいとされる打球速度と、角度の組み合わせを意味する。打球速度が98マイル(約158キロ)以上なら26~30度、116マイル(約187キロ)以上なら8~50度で飛び出した打球が該当する。スタットキャストが米球界で広がり、「いい打撃とはフライを打つこと」という考えが浸透。打球の角度と速度が重視されるようになった。