気がつくと、動画でポジショニングを見返していた。阪神熊谷敬宥は右中間に飛球が上がった瞬間、間違いなく内野の黒土部分からスタートを切っていた。「さすが菊池涼介の弟子やな…」。試合評論で後輩たちの動きをチェックしていた岩田稔氏も、さすがに驚きを隠せずにいた。

不振に苦しむ虎が28日、中日戦で今季初の3連勝を飾った。先発秋山が今季初勝利。4回裏には打者6人たった9球で3得点逆転劇。40歳糸井の激走ホームイン。救援陣の無失点リレー。ハイライトシーンには事欠かなかった一戦、個人的には26歳熊谷の守備範囲が最も印象に残った。

「2番二塁」で先発。まず興味を引いたのは1回表1死、中日2番岡林の二ゴロをさばいた場面だ。正面への平凡なゴロ。俊足打者とはいえ、待って捕球してもアウトにできそうな打球に、熊谷はちゅうちょなくチャージした。そんな軽快な足さばきと積極性は中盤、甲子園を埋めた3万5221人の観衆を徐々に唸らせていくこととなった。

1点リードした直後の5回表、8番堂上のハーフライナーに一塁山本のジャンピングキャッチが届かない。安打マークをスコアブックに記そうとすると、熊谷が忍者のようにスルスルと回り込んできた。懸命に打球を止めただけでも十分なのに、崩れた体勢のまま一塁送球も諦めなかったから甲子園が沸いた。結局は内野安打になったものの、もう一挙手一投足に注目せずにはいられなくなった。

すると直後の5回表1死二塁、今度は1番平田の飛球が右中間前方に飛んだ。さすがに右翼ゾーン。余裕を持って落下地点に近づく佐藤輝に目を向けていると、また視界に背番号4が入ってきたから驚いた。熊谷は交錯した佐藤輝から奪うように間一髪でボールをキャッチ。だだっ広い守備範囲に目を丸くした人数は少なくなかったはずだ。

もちろん、決して称賛されるだけのプレーとはいえない。もし2人が激突して負傷していたらと考えただけでゾッとする。今後はさらに連係を深めていく必要があるだろう。それでも個人的には胸が踊り、納得した。そりゃそうだよな、あの達人から技を学んだのだから、と。

熊谷は今年1月、広島菊池涼の静岡合同自主トレに初参加している。面識はなかったが、中日三ツ俣に仲介してもらったのだという。昨季は自己最多の73試合に出場したものの、代走や外野守備固めがメインで安打ゼロ。二塁出場は3試合にとどまった。「内野で勝負したいし、二塁で出たいので」。明確な狙いを持って臨んだ2週間は確実に実になっているようだ。

さすがに9年連続ゴールデングラブ賞の師匠と比較しては失礼になる。熊谷自身も以前、達人と自分の差を「レベチ(レベルが違う)です」と表現している。とはいえ、こと守備範囲に関しては「名手をほうふつさせる」と表現しても、差し支えない気はする。

岩田氏は熊谷の二塁守備を見届けた後、投手目線でしみじみとつぶやいていた。「自分も現役時代、平野恵一さんや鳥谷敬さんにはよく助けてもらった。投手にとって、守備範囲の広い二遊間は本当にありがたいんよ」。4月21日DeNA戦で545日ぶりにスタメン起用されてから、直近6試合のうち4試合に先発出場。存在感が徐々に増しているのは間違いない。

長らく二塁レギュラー筆頭格だった糸原が現在、打率1割台。リーダー格の復調がチーム浮上に欠かせないことは言うまでもないが、他の選手からすれば千載一遇のチャンスでもある。状況判断に優れた打撃に定評がある29歳糸原に、26歳熊谷や21歳小幡が好守、俊足でどれだけ食らいつけるか。二塁が高いレベルで激戦区となれば、戦力の底上げはさらに促進される。【遊軍=佐井陽介】