藤浪晋太郎があらためて驚きと感謝を強調したのは1月21日のことだ。青々とした冬空に包まれた甲子園。アスレチックスへの移籍会見はさながら「壮行会」の装いだった。ここまで祝福してもらえると想像していたか? 率直な質問をぶつけると、本人は「全然、全然」と飾らない本音を明かしてくれた。

「もっといろいろ言われてもおかしくなかったというか…。すごい送り出し方をしてもらった。頑張らないといけないなと今日、より感じました」

選手の権利といえる海外FA権を使ったわけではない。近年は納得のいく結果を残せない中、ポスティング制度を認めてもらった形だ。移籍会見では仲間17人から動画メッセージが届き、阪神園芸から花束まで贈られた。「タイガースで良い成績を残して、優勝させて行くのが一番だった」と身の丈を理解していた右腕にとって、メジャー挑戦までの流れはいい意味で想定外だったのではないだろうか。

大器の大リーグ移籍交渉が初めて耳に入った時、心底驚いた。太平洋を渡りたいという藤浪の意思に、ではない。快く送り出そうと動いている球団に、だ。不振期間が長かったとはいえ、日本球界屈指の潜在能力は誰もが認めるところ。自チームのことだけを考えれば「放出して他球団で活躍されたら困る」と考えるのが自然だと、高をくくっていたからだ。結論から言えば、阪神には記者の勝手な想像をはるかに上回る覚悟があった。

藤浪自身、21年12月に初めてメジャー挑戦希望を伝えた時の心境を、後に「井川さん以来、容認されてこなかった制度。ダメ元で厳しいと思いながら」と明かしている。ちなみに06年オフにポスティング制度でヤンキースに移籍した井川慶は、20勝でMVPに輝いた03年と05年にチームをリーグ制覇に導いた末の米国行き。立場が違う背番号19からすれば、「せっかくの人生。勝負してこい」と背中を押してくれた球団には感謝しかないのだろう。

阪神は昨年10月中旬にも、江越大賀と斎藤友貴哉を日本ハムにトレードしている。江越は大卒2年目の16年に4試合連続アーチの離れ業を決め、毎年のように覚醒が期待されていた身体能力の鬼。斎藤も最速159キロを誇る好素材だ。補強ポイントの右打者で他球団も狙っていた渡辺諒、高浜祐仁を獲得するためだったとはいえ、少なからず「痛み」はあったはずだ。

藤浪や江越らの放出をためらわなかったのか? オフになり、球団幹部の1人に何げなく聞いたことがある。「うちよりもチャンスがあるのであれば、出してあげてもいいのではないか」。そんなニュアンスの返答に、妙に力強さを感じたものだ。自チームの利益だけにとどまらず、選手の未来にも手を差し伸べる度量。そして、現チーム戦力への自信が垣間見えた。

岡田彰布新監督率いる23年タイガースのキャンプインはもう間近。今春の沖縄・宜野座に、藤浪と江越はいない。強力な「浪漫」を手放してまで追い求めるものは当然、「アレ」一択に違いない。【野球デスク=佐井陽介】

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