松坂似と“本家”が、20メートル少々で向かい合った。西武ドラフト4位の青山美夏人投手(22=亜大)が12日、宮崎・南郷キャンプで初の打撃投手を務めた。相手はWBC組の山川と源田。「まさかおふたりとは。ビックリしました」。長打性も浴びながら、最速144キロの直球中心に堂々と44球を投げ抜いた。

打撃ケージ裏には、腕を組む松坂大輔臨時コーチ(42)がいた。投球をじっと見つめられた。

「変な感じです。不思議。プロの世界ってすごいなと」。

投球後は松井稼頭央監督(47)にいざなわれるようにして、松坂氏のもとへ。30秒ほど会話した。「差し込んでのファウルとかも取れていたから、ああいうのもいいと思うよ」。こぼれた笑みを隠しきれぬまま、さらに投げ込むためにブルペンへと向かった。

投げる顔つきに、どことなく松坂氏を感じる。青山の父洋さん(55)が話す。「横浜高校の松坂さんが甲子園で活躍したのが98年。ベイスターズも優勝した神奈川の年でした」。青山はその余韻が残る2年後に、神奈川・横須賀で生を受けた。

「私の兄が松坂さんのファンなんです。で、美夏人が生まれた時に『顔、そっくりじゃねえか』って」

運命的なものは重なる。小学3年生の時に地元の少年野球チーム「若竹ライナー」に入った。ユニホームはまさかの、横浜高校野球部そっくり。帽子のYHマークはWTマークだった。必然的に意識してしまう環境。その後は横須賀シニアでプレーした青山本人も「中1の頃まではきっと横浜高校に行くんだろうなと、なんとなく思っていました」と回想する。

多くの強豪校の誘いがある中で、投手としての素質を最も高く評価してくれたと感じた横浜隼人に進み、才能を伸ばした。同校の水谷哲也監督は「地球と、ボールと、ご縁はまるい」という言葉を好む。同じように練習が厳しい亜大を経て、立派な右腕に成長。西武の後輩として、ついに憧れの人との縁がつながった。

緊張のマウンドと松坂氏との対話を終え、さらにブルペンで97球を投げた。「縮こまった部分もあったので、ブルペンでだんだん腕も振れてきて」。この日、充実の計141球。09年のWBCに感動した少年時代。横浜・みなとみらいのスポーツ用品店で「松坂大輔モデル」のグラブを買ってくれた両親が、全ての球を幸せそうに見つめていた。【金子真仁】

◆青山美夏人(あおやま・みなと)2000年(平12)7月19日、神奈川県生まれ。衣笠中時代は横須賀リトルシニア所属。横浜隼人では甲子園出場なし。亜大では4年春にMVP、最優秀防御率、ベストナイン。リーグ戦通算39試合で12勝3敗、防御率1・77。22年ドラフト4位で西武入り。契約金4000万円、今季年俸1000万円(金額は推定)。183センチ、94キロ。右投げ右打ち。

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