谷繁元信氏(54=日刊スポーツ)が3日、89歳で亡くなった長嶋茂雄さんを悼んだ。
横浜(現DeNA)、中日でプレーした谷繁氏にとって、長嶋さんは相手チームの監督だった。「常に戦う姿勢、ファイティングポーズを取っている人。体も大きくて、オーラがある」という印象を抱いていた。
ただ、そのオーラも「近寄れないオーラじゃない。人を引きつけるオーラ」だった。だから「相手ベンチを見ていても楽しかった。リアクションもあって。我々はジャイアンツを倒したいと思ってプレーしていたから。それで巨人に勝つと、長嶋さんが悔しそうな顔をする。それを見て、『よし! やったぞ』って思ってました」と、巨人と戦うモチベーションの1つになっていた。
そんな“敵将”が“味方”になったのは、03年10、11月に札幌で行われたアジア野球選手権大会。翌年のアテネ五輪の予選で優勝し、五輪切符を手にした。谷繁氏は「初めて一緒のユニホームを着られた。緊張感があったのを覚えています」と懐かしそうに思い返した。



