<日本生命セ・パ交流戦:ソフトバンク4-2広島>◇30日◇みずほペイペイドーム
ソフトバンク木村光が、記念すべき初勝利の余韻に浸った。試合後のお立ち台。「最高でーす! 初めまして木村光です。これからもっと投げて、もっと応援してもらえるように頑張ります」。本拠地の大歓声を受け、フラッシュライトも浴びた。その光景は、プロ入り後初めて経験する絶景だった。
1度は野球を捨てようと思った。中学時代は奈良・橿原磯城シニアでプレー。ブルージェイズ岡本和真、中日中西聖輝らを輩出した強豪チームに所属も、当時は控え投手だった。「野球がしんどかったんですよね。もう、辞めようかなって…」。
当然、特待生と呼ばれるような推薦もなく、高校で野球を続ける気持ちは全くなかった。一般受験で進学した奈良大付では「バスケでもやってみようかなって…(笑い)」。ところが、反対したのが両親だった。母から「あんた野球をしなさい」とゲキを飛ばされた。これがきっかけで「最初は本当に嫌々やっていた」。渋々うなずき、続けざるをえなくなった。
ただ「だんだん野球が面白くなった」。2年秋ごろに投手としての才能が一気に開花。3年春からエースナンバーを背負い、同夏に甲子園初出場を果たした。初戦の羽黒(山形)戦では9回を1失点の完投勝ち。春夏通じ聖地1勝を同校にもたらした。そして佛教大を経て、ホークスに22年の育成ドラフト3位で入団。翌年7月に支配下昇格を勝ち取り、プロ4年目の今季は首脳陣から信頼を寄せられるリリーバーとして奮闘を続ける。
あの時、母からのひと言がなければ…。そう思うと「間違いなく(プロの舞台に)立っていないでしょうね」と言い切る。「両親に感謝ですし、両親のおかげです。なかなか直接は言えないんですけどね」と照れ笑いを浮かべる。これからも活躍する姿が何よりの恩返しになる。記念球は「親にあげたいと思います」と大事そうに握りしめた。
【佐藤究】



