阪神の強打者で、名物フロントマンだった室山皓之助(むろやま・こうのすけ)氏が22日夜に、誤嚥(ごえん)性肺炎のため、兵庫県伊丹市内の病院で死去していたことが27日、分かった。86歳だった。
倉敷工(岡山)から法大に進んで、1960年(昭35)春のリーグ戦で首位打者に輝いた。同年の全日本大学野球選手権大会で法大初優勝に貢献。右の外野手として阪神入りしたが、アキレス鍵断裂のため、実働5年で現役引退した。
その後、勤務したホテル阪神から球団に出向し、フロント入り。球団初の日本一になった85年は広報部長で、吉田監督を“側近”として支えた。すでに通夜・告別式は近親者で執り行われた。
6月末から入院生活を送った父親の看病にあたった長男・和佳氏は「プロでは無念の引退になりましたが、青春時代の高校、大学野球、華やかだった阪神優勝は良い思い出だったでしょう」としのんだ。



