<オリックス0-7ロッテ>◇26日◇京セラドーム大阪

 惜しかった!

 無名な男の大記録まであと1歩だった!

 ロッテ古谷拓哉投手(31)が、オリックス8回戦(京セラドーム大阪)で9回2死までノーヒットノーランという好投を演じた。坂口に三塁打を浴びて記録達成はならなかったが、プロ入り8年目で先発としての初勝利を初完封で飾った。交流戦後、1勝3敗と苦しんでいたチームにとっても大きな勝利。8年ぶりのパ・リーグ制覇に向け、勢いづく快投だった。

 プロ8年目、遅咲きの左腕はヒーローインタビューで脱力した。「期待させてすみませんでした!!

 次また頑張ります」。9回2死フルカウントからの7球目。古谷が投じた118キロのスライダーは、鋭く伸びて右中間に落ちた。プロ初の先発勝利がノーヒットノーラン!

 という快挙をあと1人で逃し、もう笑うしかなかった。

 “がっかり”は2回目だ。8回2死まで完全試合ペース。2ストライクに追い込んでからの四球に「もったいない」と肩を落とした。とはいえ、2連敗で首位陥落の暗雲が漂い始めていたチームに、1安打完封はまさに救世主だった。

 昨年までは中継ぎで4勝。入団1年目の06年は先発で、当時ファームでは古谷と成瀬、両左腕が好調だった。どちらかが昇格できる、そのチャンスをものにしたのは成瀬だった。あれから7年。ライバルはエースとして確固たる地位を築き、ほんの少しだった差は瞬く間に広がっていった。

 転機は昨秋、斉藤投手コーチのひと言だった。「先発、やってみないか」。スライダー、カーブ、カットボール、チェンジアップ。多彩な球種と制球が見初められた。配置転換にともないフォームも修正した。力感をなくし、力任せに頭を振り乱して投げるフォームから、下半身主導に移行。次第に、頭ではなく腕が振れるようになった。

 だが改造計画も開幕に間に合わず、左腕ローテ枠争いに敗れた。2軍スタートにもめげない。「結果を出せば上がれる。プロは勝ちしか評価されないですから」。先発のリズムにも慣れた5月30日。イースタンのDeNA戦でノーヒットノーランを達成した。

 テンポよく投げ込む直球は140キロにも満たない。それでも打者は振り遅れる。抜群のキレで、積み上げた三振は10個に上った。

 プロ初登板だった06年8月以来、2492日ぶりとなる1軍先発マウンドで、見事な変貌を遂げた古谷。5回終了のキャッチボール時、スタンドのファンから「このままノーヒットノーランやって!」と期待され、かすかに偉業がちらついた。それでも「ヒットを打たれるのはしようがない。だから損した気分にはならないですよ」と繰り返し、純粋に勝利を喜んだ。「まあ、でも…。せっかくだから、やりたかったですけどね」。十分すぎる快投も、やっぱり最後は苦笑いだった。【鎌田良美】

 ◆古谷拓哉(ふるや・たくや)1981年(昭56)7月14日、北海道北見市生まれ。駒大岩見沢では2年夏、3年春に甲子園に2度出場。カウンセラーを目指し、駒大にはスポーツ推薦ではなく一般推薦で入学。2年時に野球部に入部し、東都リーグでは3年春からベンチ入りし、通算1勝7敗。日本通運を経て05年大学・社会人ドラフト5巡目でロッテ入団。10年には主に中継ぎとして58試合に登板し、3勝0敗11ホールドと活躍。趣味は読書で、科学雑誌「Newton」を好む知性派。来年3月に閉校する駒大岩見沢が夏の地区予選初戦を逆転サヨナラ突破し、刺激を受けた。180センチ、74キロ。左投げ左打ち。今季推定年俸1400万円。家族は夫人と2女。

 ▼古谷の先発は1年目の06年8月30日ソフトバンク戦(2回0/3、3失点で敗戦投手)以来2度目。その後は93試合連続で救援登板が続き、救援で4勝を挙げていたが先発での初勝利を初完投、初完封でマーク。ロッテ投手の1安打完封勝利は05年3月27日楽天戦の渡辺俊以来になる。

 ▼古谷は今季、イースタン・リーグの5月30日DeNA戦(平塚)で1四球のみのノーヒットノーランを達成。渡辺秀武(巨人)は2軍の68年9月3日東京戦(巨人多摩川)と、1軍公式戦の70年5月18日広島戦(後楽園)で無安打無得点を達成している。

 ▼ロッテ古谷が9回2死から坂口に三塁打を打たれ、ノーヒットノーランを逃した。あと1人でノーヒットノーランをフイにしたのは09年多田野(日本ハム)以来4年ぶり22人目(24度目)。ロッテの投手では前身球団を含め65年小山、83、84年仁科に次いで29年ぶり3人目。なお、ノーヒットノーランは昨年10月8日の西(オリックス)まで87度記録。今季は9回に快挙を逃すケースが目立ち、12日には菊池(西武)が中日戦で9回1死から初被安打。大リーグではダルビッシュ(レンジャーズ)が4月2日アストロズ戦で9回2死から完全試合を逃した。