長年ボクシングを担当してきて、予想を裏切られたことは何度もある。一発で流れが変わり、時には終わるだけに、100%はない。まさかの負けが多い気がするが、負ける時は試合前から何かムード、雰囲気が違う。やはり番狂わせはびっくりさせられる。

思い返すと、一番の番狂わせは95年のことだった。竹原慎二がWBAミドル級で世界初挑戦した時だ。東洋太平洋王者時代はずっと取材していた。前哨戦となったV6戦では、珍しいダブルノックダウンの末に防衛していた。

世界となると、何しろ同級での日本人の挑戦すら初めて。王者カストロ(アルゼンチン)は100戦を超えるキャリアに圧倒的不利だった。期待薄を示すようにテレビ中継はなく、東京ローカルで深夜に録画放送だった。試合の時にはデスクで会社にいた。会議で予想を聞かれ「無理」と断言した。

ところが、現場からボディーでダウンをとったの電話が入った。試合は3-0で判定勝ちし、日本初のミドル級世界王者が誕生した。アジアからでも46年ぶり2人目だった。翌日の会議で「勉強し直してきますので、現場に戻してください」と言った。そうはいかなかったが…。

あれから22年後に、村田諒太が同級で日本人2人目の世界王者となった。この2年間は試合ができなかったが、ついに念願のビッグマッチにこぎ着けた。12月29日にIBF王者ゲンナジー・ゴロフキン(39=カザフスタン)との統一戦。20億円以上とも言われる国内最大のビッグイベントだ。

村田が初挑戦したとき、後輩記者が元世界王者の予想を取材していた。竹原氏もその一人。いろいろポイントを挙げたが「あとは運」と言ったそうだ。記者は「これって予想と言えますか?」と首をかしげていたが、スポーツでは運も大事な要素だと思っている。今で言う「持っているか」ということだ。

ボクシングの試合は独特なマッチメークというものがある。挑戦したくても王者が受け入れなければ、まずチャンスすらなかなか回ってこない。強い王者が君臨している時代もある。運があると、そろそろ潮時、負けごろの王者に挑戦できることがある。

相撲も長く取材したが、こちらも運は大事だ。大関が何人もいると、好成績でも昇進できない。横綱昇進も同様。番付運と言われる。優勝も大鵬、白鵬、千代の富士ら大横綱の全盛時は、他の力士には厚い壁となっていた。

コロナ禍でテレビを見る時間が多くなった。9月に亡くなった漫画家さいとう・たかを氏の追悼番組。その中でゴルゴ13のせりふが今も頭に残っている。「10%の才能と20%の努力、そして、30%の臆病さ、残る40%は運だろう……な」。

村田は世界初挑戦では不可解な判定で敗れた。運がなかったか。しかし、2度目の挑戦では再戦で見事に奪取で雪辱した。王座陥落も再び再戦で奪回した。何しろ日本人初の五輪金メダリストで、日本人として初めてプロとアマで世界の頂点に立った。

ゴロフキンは前王者時代には19度防衛など、誰もが認める強豪王者だ。村田が劣勢は否めないが、本当に運があるか、ゴロフキン戦が楽しみだ。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)