夏場所4日目。
2日連続で金星を配給した豊昇龍の風呂上がりを、私は報道陣の1人として東の支度部屋で待っていた。
すると、宮城野親方(元横綱白鵬)が支度部屋に入ってきたのが目に入った。宮城野親方は、支度部屋内の浴室に向かうドアを入っていった。洗面所をはさんで、左に風呂場、右にトイレがある。宮城野親方は、トイレに行ったのだろうと思っていた。
実はこの時、豊昇龍を心配した親方は、風呂場へ声をかけに行っていた。この事実は、その後の共同通信の配信記事を読んで、初めて知った。
私は、自身の想像力のなさを悔いた。観察力不足で、取材のチャンスを逃してしまった。
その翌日、5日目。
記者クラブ担当として詰めている宮城野親方に聞いた。
-てっきり、トイレに行ったのだと思っていました
宮城野親方「トイレも行きましたよ」
-たまたま、声をかけにいったんですか
宮城野親方「たまたまって言葉はあるけど、たまたまってことはない」
-どういう思いで、豊昇龍にアドバイスしたんですか
宮城野親方「悩んでるでしょうからね。特に先場所、休場してますからね。完全に迷い、硬さがある」
-何て伝えたんですか
「それは言わない。本人に聞いてください」
-親方が豊昇龍に声をかけたことは、共同通信の記事で知りました。自分の想像力が足りませんでした
宮城野親方「(トイレか助言か)両方思わないとダメだよね。記者としての緊張感が足りないね(笑い)」
宮城野親方によれば、支度部屋から出た後、若い記者が1人、追いかけてきて事実確認をしてきたという。これが共同通信の記者だったのだろう。
そして豊昇龍は、連敗を脱出した。
宮城野親方からの助言について聞かれた豊昇龍は「横綱になるのは難しい。横綱になったら勝つのが難しい。自分の相撲を取れ」と言われたことを明らかにした。
さらに翌日、6日目。
宮城野親方に確認した。豊昇龍が明かした言葉を伝えると、実際にはもう少しいろいろ話したということを教えてくれた。
なぜ助言したのか。
宮城野親方は、こう言った。
「(現役時代に)大鵬さん、北の湖さん、千代の富士さんからアドバイスを受けました。その言葉は忘れていない。3人の横綱に一門は関係ない。今度はお返し。横綱だけを見たいと思ってくるお客さんもいるわけですよ。だから頑張ってほしい」
先輩横綱から受けた恩を、後輩横綱へ-。最高位を知る者同士のバトンは、こんなかたちでも受け継がれている。【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)


