09年クリスマスイブの夕方。埼玉にある内山の実家を訪れた。

 初の世界戦まで残り1カ月。母百代さんと一緒に、昔の家族写真を拝見した。いれてくれたお茶のようなあったかい思い出話に花が咲くかと思っていたが、懐かしい写真を見つめる百代さんの手は、かすかに震えていた。師走の寒さが理由ではなかった。「世界チャンピオンになってほしいんですけど…。試合を見に行くのは…ね」。

 王者サルガドは当時23戦不敗。内山も13戦無敗だったが、世界戦はそんなに甘くない。絶対に勝てると、簡単に言い切れる相手ではなかった。百代さんも肌感覚で悟っていたから、生観戦に迷いが生まれたのだろう。ボクサーの家族が試合前の恐怖心と戦う姿を、初めて目の当たりにした。

 母を救ったのは内山だった。数日後、実家での様子を伝えた。内山は「ありがとうございます!」と言い、動いた。年明けに「今年は忙しくなると思うから頼むよ」と王者になるとメールで誓い、恐怖心を砕いた。試合当日の会場には、百代さんの姿があった。「メールをもらったんですよ」と、照れくさそうに話してくれたのが懐かしい。

 内山は05年に死去した父行男さんの分まで、常に母の心を思った。世界奪取から7年間。世界の猛者とこぶしを交える前に、母を襲う敗北の恐怖心をKOし続けていた。“KOダイナマイト”の称号は、そんな内山にふさわしかった。【09~10年ボクシング担当=浜本卓也】