東前頭17枚目の尊富士(24=伊勢ケ浜)が110年ぶりの新入幕優勝を果たした。

史上最速の所要10場所で、ちょんまげ力士としての優勝も初の快挙。24歳の強豪力士はいかに育ってきたのか。関係者の証言などをたどりながら「令和のシン怪物~110年ぶり新入幕V 尊富士のルーツ~」として連載する。第1回はダブルワークをしながら息子の成長を見守ってきた母の石岡桃子さん(47)。

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女手一つで育ててくれた母に恩返しの優勝を届けた。110年ぶりの新入幕Vを決めた尊富士は「しっかり土俵で勝てるように育ててくれて、本当に感謝しきれないです」と、母への思いを口にした。

母の石岡桃子さん(47)は千秋楽の朝、居てもたってもいられず自宅のある青森から大阪に駆け付けた。14日目の朝乃山戦後に右足を負傷した際のケガを心配して涙を流し、全く眠れなかったという。そんな母の不安を消し去るように豪ノ山を押し倒して、歴史的な偉業を達成した。支度部屋では目元を拭う母と抱擁し、喜びを分かち合った。

尊富士の中学時代に、桃子さんは離婚を経験。2つの仕事を掛け持ちしながら、祖父母のサポートを借りて4人きょうだいを養ってきた。中学卒業後に名門の鳥取城北高へと渡った際にも「家計の心配はせずに自分の選んだ道を突き進んでほしい」との思いで背中を押した。しかし、故郷から一緒に鳥取まで送り出した後、帰り道はずっと涙が止まらなかった。

「応援したかったのもあるけど、やっぱり寂しくて、寂しくて…。でも、『厳しいところで稽古して強くなりたい』という本人の気持ちが強かった。高校も、大学も自分で決めたんですよ」

尊富士は相撲の夢に懸ける道を切り開いてくれた母の思いが身に染みている。だからこそ心配は掛けたくない。今回の右足首の負傷も含めて、これまでもケガに泣かされ続けてきた。高校、大学で1度ずつ膝を手術。名門、青森山田高で短距離選手でケガの苦しみを理解する母の前では1度たりとも、あきらめたり「辞めたい」と言ったことはなかった。ケロリと平然を装ってきた。桃子さんは「わたしは心配で落ち込みますが、逆に励まされてました」と振り返った。

気は優しくて力持ち-。尊富士は「親の夢になりたかった。小さい頃からやってきた相撲で恩返しができた」と感慨にふけった。「親孝行を心掛け、とても優しい息子。相撲を取っているときと普段とでは顔つきが全然違う。毎回いいところまでいって、けがをしてきた。初めての日本一がこういう形になり、震えが止まらない」と桃子さん。110年ぶりの快挙を達成の裏には、母の献身的な支えに応えたいとの強烈な思いがあった。【平山連】