日本相撲協会の諮問機関の横綱審議委員会(横審)は26日、東京・両国国技館で定例会合を開き、満場一致で大関大の里(24=二所ノ関)を横綱に推薦すると発表した。28日の番付編成会議と臨時理事会を経て、正式に昇進が決まる。日刊スポーツでは「大の里 令和の大横綱へ」と題し、全3回の連載を行う。

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雪辱の思いが大の里を飛躍的に成長させた。日体大3、4年時に、2年連続アマチュア横綱の看板を引っ提げ、鳴り物入りで幕下10枚目格付け出しデビュー。それが初土俵の23年夏場所初日、いきなり石崎(現前頭朝紅龍)に敗れた。当時からすでに192センチ、177キロ。体する石崎は177センチ、123キロで、体格差は歴然だった。それでも相手に左上手を許して突き落とされ、開口一番「負けました」と話し、唇をかんだ。雪辱の思いから始まった、横綱までの道のりだった。

二番相撲でプロ初白星を挙げると「前評判で騒がれすぎたけど“ただの人”になった。普通の幕下力士になった」と語った。厳しい自己評価を下すと同時に、はい上がる決意を示した。同場所は残り6連勝で締めたが、石崎には翌場所の2度目の対戦でも敗れた。相手は日体大の2学年先輩。自身の特長をよく知っていた。ならばと相手以上に研究。何より得意の右差しに磨きを掛け、以降の十両での2度の対戦で雪辱した。

新入幕で当時の横綱照ノ富士に挑み、完敗したが、その後は2連勝と対戦成績で上回っている。後に大の里は「1回目は思い切っていこうと思っていたけど、2回目は作戦を練って、うまくいけた」と語ったことがあった。実は大相撲で、これまでに65人と対戦し、2度以上戦って、対戦成績で負け越している力士は、引退した阿武咲と豊昇龍だけ。現役に限れば、不戦勝を除いて1勝6敗と、極端に合口の悪い豊昇龍以外、攻略してきた。初顔合わせで敗れても2度目は雪辱。究極の負けず嫌いが、横綱へと導いた。【高田文太】