歴代最多45度の優勝を誇る元横綱白鵬の宮城野親方(40)が、日本相撲協会から退職することが正式に決定した。2日、同協会が都内で開いた臨時理事会で、昨年4月から閉鎖になっている宮城野部屋、宮城野親方の退職が容認された。
終了後、取材に応対した佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)と西岩親方(元関脇若の里)よると「6月9日付の退職願を受理する」ことが審議の末、全会一致で承認された。
これまでの元白鵬の語録は以下の通り
▽2003年11月(18歳の若さで新十両)「20歳くらいまでに関取になれればと思っていたので、早かったですね」
▽07年5月(横綱昇進伝達式の口上で)「横綱の地位を汚さぬよう、精神一到を貫き、相撲道に精進いたします」
▽10年2月(不祥事により朝青龍が突然の引退)「信じたくない。自分を引っ張ってくれる横綱だった」
▽14年11月(九州場所で大鵬に並ぶ最多32度目の優勝)「14年前は62キロの小さい少年がここまで来るとは、誰も想像しなかったと思う。この国の魂、相撲の神様が認めてくれたから、この結果がある」
▽15年1月(初場所で単独最多の33度目優勝)「大鵬親方に真の恩返しができたと思う。大記録を数字で超えても精神的なものはまだまだなので頑張っていきたい」(一夜明け会見で、取り直しになった13日目の稀勢の里戦について言及し、異例の協会批判)「子供が見ても分かる。なぜ取り直しになったのか」「2度とないようにやってもらいたい。本当に肌の色は関係ないんだよね。土俵に上がって、まげ結ってることは日本の魂なんですよ。みんな同じ人間です」
▽19年3月(平成最後の春場所で42度目の優勝)「多くの人の支えがあってこの優勝がある。平成に育てられた。数々の問題があったが、天皇陛下から手紙をいただいたことが大きな思い出」
▽21年7月(6場所連続休場明けの名古屋場所で15戦全勝優勝)「相撲人生を懸けたのが大きい。価値のある優勝だったと思う。引退という2文字が近づいて、本当に隣に来ていた」
▽21年10月(引退会見。協会からは、自覚ある行動を取るようにといった異例の誓約書付きでの年寄承認されたことに)「「感謝の気持ちと、師匠の元で一から、親方として勉強して頑張っていきたい。優しさと弟子思いの親方になっていきたいと思います」
▽22年8月20日(新たな宮城野部屋での稽古を初公開)「(自身が)横綱、大関になった時と同じような緊張感とプレッシャー。常に2ケタ勝利、勝ち越しが当たり前の世界に、再び飛び込んだ気分」
▽23年1月28日(引退相撲でマゲに別れ)「これからは親方としての戦いが始まる。もう関取はつくりましたので、次は横綱、大関をつくって、相撲界の発展のために恩返しをしたいです」
▽24年2月23日(弟子の北青鵬による暴力行為に対する監督責任で委員から年寄への2階級降格などの処分)「弟子を守ることができなかった私の責任と受け止めております。そして相撲協会、大相撲ファン、応援してくれている方々に心配をかけたことを深く反省し、申し訳ない気持ちでいっぱいです。どうもすみませんでした」
▽25年1月17日(同じモンゴル出身の横綱照ノ富士の引退に)「どん底のさらに下まで番付が下がった。復活して一気に横綱になったのは想像、理解ができないこと」

