あまたあるスポーツで、監督やコーチが選手と同じユニホーム姿で試合にのぞむのは、なぜか野球だけである。この不思議を、今までだれも教えてくれなかった。が、はっきりしているのは、野球は戦争ゲームということだ。軍の指揮官が、私服ではおかしい。

昭和天皇が、戦後すぐにモーニングの正装で、マッカーサー元帥に会ったが、元帥の服装は軍服姿だった。連合軍のトップとして、戦う軍の指揮者として現場の兵士と同じ服装であらねば、命を懸ける兵の士気が上がらない。士気を鼓舞するには同じ軍服が大切だ。

作戦を出したり、選手交代の報告を審判にするのは監督の仕事。戦争に参加しているのだから、指揮官も戦場に出ることもあるゆえ、同じ軍服、ユニホームでなければならない。

防衛省でも、陸海空の自衛隊の現場の指揮官は軍服を着用する。一般的には「制服組」と呼称されるが、戦略を練ったり、他国の軍機や軍艦が国内に無断で侵入した際に追い出す。戦う可能性のある最前線にいるゆえ、制服組の任務と役割は大きい。ただ、「シビリアンコントロール」(文民支配)の原則によって、自衛隊は軍として勝手に行動できない集団だ。

もう1つ不思議なのは、野球選手はいつも帽子をかぶっていることだ。ナイターなら帽子なんていらないではないか。野球チームは軍であり、選手たちは兵士。世界中の軍隊で帽子を着用しない国を私は知らない。

ストッキングの前は、兵士の用いるゲートルであった。兵士の機動力上、ゲートルが必要で、登山家たちも用いた。やがて面倒くさくないストッキングに変化したが、選手の鍛え抜かれたふくらはぎのすごさにファンは酔った。私は、あのストッキングを見せないズボンに反対する。高校・大学野球のストッキング姿こそが正式である。

昔、プロ野球の監督の背番号は、どのチームも「30」番であったのに、いつのまにやらまちまち。「30」番といえば、江川卓(巨人)と決めつけるのは間違いだ。