世田谷西が大会史上3チーム目の3連覇を成し遂げた。今年春の全国選抜大会も制しており、日本リトルシニア協会史上初の春夏連覇と夏春夏連覇を同時達成した。酷暑の大会で、どのチームもたくましくプレーした。汗まみれのスコアブックから印象に残った選手をピックアップ。2回戦で取手を破った静岡裾野からチームをベンチでまとめた初鹿道謙主将(3年)と三塁コーチの相坂哲成(3年)を紹介する【久我悟】

【初鹿主将が自分の声を届けるために】

1番の岩崎圭吾(3年)の三塁打で始まった取手戦。圧巻は2回表だった。1死後、6番の三井洋輔(3年)が単打で出塁すると中島龍之介(3年)が二塁打、高橋彪絆(3年)が単打、永田璃空(3年)が単打、岩崎が単打、山下隼汰(3年)が単打の6連打で4得点。3回表は2死後から4連打で3点、4回表は相手ミスも絡んで3点の12点で試合を終えた。

「守り勝つ」チームのはずが、7月の日刊スポーツ杯静岡夏季大会で優勝したころから、打線が上向いた。同じころ選手権の組み合わせが決まり、春季大会で負けていた取手を神宮球場で雪辱するのを目標に、一致団結した。

初鹿主将は「取手に勝ててベスト8はめっちゃうれしい。打線がつながると、ベンチが盛り上がるから野球が楽しいです」と笑った。ラインアップに名前はない。実力者の多いチームで、まとめ役に徹する。

簡単じゃなかった。昨年秋、9年続いていた春の全国選抜出場を逃しどん底に。自分の声がチームに響いていない気がした。ならば、リードオフマンの岩崎や守りの要の大隅亮佑捕手(3年)に自分の思いを伝え、グラウンド上で広げてもらうようにした。主力選手がそれまで以上にチームを意識してくれるようになり、雰囲気が高まった。

【他界した祖父は高校野球の名将】

巧みなベンチワークを受け継いだのだろうか。祖父の勇さんが昨年秋、86歳で亡くなった。山梨の塩山、日本航空を甲子園に導いた名監督で、静岡では13年まで10年間、三島(現知徳)を率いた。小学生のころ、勇さんは応援に来てくれた。中学入学後は闘病のためグラウンドで会う機会はなかった。見舞いに行くと「野球、がんばれ」と激励されたのが、最期になった。

「おじいちゃんも喜んでくれていると思います」。学生野球の聖地・神宮球場で、名将の孫と仲間たちが、最高の思い出をつくった。

【まだ小柄…チームに貢献するため三塁コーチを】

1、2回戦で大量得点の静岡裾野の機動力を支えたのが、三塁ランナーコーチの相坂哲だ。走者が三塁を回るたび、佐藤監督をはじめベンチから「回れ」「止まれ」と声が飛ぶが、惑わされずに冷静に判断。好走塁を引き出した。「走る速さもそうですが、カウントや点差など試合状況で無理するかどうかや、相手の肩の強さなどで判断するのが大事だと思います」とランナーコーチの奥義を説明する。佐藤監督に声をかけて作戦面の確認をする場面もあり、全幅の信頼を得ている。

本来は左腕投手だが「体がまだ小さくて、プレーでは貢献できないので、チームのためになるなら、ランナーコーチがいいと、やらせてもらいました。もちろん、投手もやってみたい」。高校進学後は体力をつけて、マウンドに上がるのを目指している。

【守りから生まれた中島の猛打賞】

「守りのチーム」の評判だった静岡裾野が2回戦で、優勝候補の取手を4回コールドで破った。組み合わせが決定以来、春季関東大会で敗れた雪辱を目指した。岩崎圭吾(3年)とともに3安打の中島龍之介(3年)は、1回戦で無安打だった。「でも守りがいい感じだったんです。だから、打てる気がしていました」。守りから攻撃のリズムをつくっていく。評判通りだった。

【関東連盟勢の結果】※( )は連盟

▼1回戦

世田谷西7―0北摂(関西)

佐倉6―2東北福祉仙台北(東北)

中本牧4―3熊本東(九州)

浦安10―3白山(東海)

東練馬11―10山口東(関西)

秦野8―4北空知深川(北海道)

取手8―4徳島藍住(関西)

静岡裾野7―0宮崎(九州)

調布10―0新潟江南(信越)

青森山田(東北)10―8木更津

豊田(東海)7―0東久留米

神戸中央(関西)7―3武蔵府中

▶2回戦

橿原磯城(関西)12―2調布

東北楽天(東北)6―5中本牧

浦安5―4中野(信越)

世田谷西3―0佐倉

秦野8―2東練馬

静岡裾野11―1取手

▶準々決勝

世田谷西7―2東北楽天

橿原磯城8―0静岡裾野

浦安5―3秦野

▶準決勝

世田谷西7ー6浦安

▶決勝

世田谷西4ー1橿原磯城