中学硬式野球5団体の垣根を越え、地区予選を勝ち抜いた代表によるトーナメントは、世田谷西リトルシニアが2年ぶり、大会最多の4度目の頂点に立った。春夏の全国大会とともに「全国年間3冠」の達成は、日本リトルシニア協会史上初の快挙で、最強チームとなった。関東連盟勢にとってもG杯5連覇となった。
▼決勝
世田谷西シニア 002 300 0=5
旭川大雪ボーイズ 000 000 0=0
【世】福田―鐘ケ江【旭】神元、前田、樽井―市川
【犠打と重盗で主導権握る】
東京ドームでの決勝戦。地元でもあり、100人を超える控え選手が全員集合。応援のボルテージも最高潮の中、世田谷西の勝利の流れを決定づけたのは犠打と重盗だった。
2点リードで迎えた4回表、7番・増渕晴海(3年)が敵失で出塁。指名打者の重定玖祐(3年)が、リードの場面ではめったに仕掛けない犠打で送った。9番・鐘ケ江勇人(3年)が四球を選ぶ間に、増渕と吉田昌弘監督が身ぶりやアイコンタクトで確認していた。「三盗は行けるか?」「行けます」。1番・川村亮惺(3年)の3球目に三盗。一塁走者の鐘ケ江も重盗に成功した。吉田監督は「増渕といいコミュニケーションがとれたのと、足の遅い鐘ケ江が、増渕のスタートについていったのが大きかった。素晴らしいプレーでした」。増渕は10日前の日本選手権はベンチ外だったが、今大会のスタメン抜てきに応える、電撃的なスタートだった。
死一、二塁と二、三塁では川村にかかる重圧が違う。今大会、おおきくなりがちだったスイングをコンパクトにしてセンター前へ2点適時打。3番・元木瑛介(3年)もレフト前に運び5―0とした。
【うまくなるために試合する】
吉田監督は「勝つために試合するのではなくて、うまくなるために試合をしています」と繰り返す。春夏連覇のリトルシニアの公式戦とジャイアンツカップの予選から決勝まで、39連勝を積み重ねた。危うい試合もあった。そのたび「劣勢になっても、どうすればいいのか?」を試合中のベンチで説き、実行へと導き、試合後の円陣で確認した。
5回表のベンチで「さあ、もっともっといい野球をやろうぜ ! 」の声が響いた。「うまくなりたがり」のセタニシ魂が、3つのタイトルをつかんだ。【久我悟】
【リトルシニア関東連盟勢の結果】
▶1回戦
多摩川ボーイズ(東京)7―5横浜都筑シニア(神奈川)
取手シニア(茨城)3―0東広島ボーイズ(広島)
佐倉シニア(千葉)1―0岐阜中濃ボーイズ(岐阜)
世田谷西シニア(東京)10―0大阪南海ボーイズ(大阪)
湖南ボーイズ(滋賀)4―0調布シニア(東京)
富士見シニア(埼玉)8―4湘南ボーイズ(神奈川)
▶2回戦
愛知尾州ボーイズ(愛知)3―2取手
兵庫伊丹ヤング(兵庫)3―2佐倉
世田谷西6―0八幡南ボーイズ(福岡)
フレッシュ福岡ウイング(福岡)1―0富士見
▶準々決勝
世田谷西7―4北摂(大阪)
▶準決勝
世田谷西7―2中野(長野)
【枚方ボーイズの2度に続き】
◆全国年間3冠◆ 日本リトルシニア協会の春の全国選抜大会、夏の日本選手権を同時優勝したのは今年の世田谷西が初めてで、今大会も含めた年間3冠も初。ボーイズリーグのチームでは、08年と13年に枚方ボーイズが「春夏G」の3冠を達成している。今大会は07年から日本野球連盟が「全日本中学硬式野球選手権」として公認。優勝回数は枚方(08、10、13年)、世田谷西(09、19、23年)で並んでいた。関東連盟勢は19年世田谷西、22年取手、23年世田谷西、24年中本牧(20、21年は中止)に続く5連覇となった。

