ビートルズの「ホワイル・マイギター・ジェントリー・ウィープス」のレコーディングは解散も近い68年7月に行われた。「泣いているような」ギター・ソロのために、エリック・クラプトン(73)がスタジオに招かれている。

収録が始まり、出番が近づくと、クラプトンはタバコの吸いさしをギターのヘッド部分の弦にはさむ。さりげない動作から1拍おいて、驚異的なギター演奏が始まる。

高校生の時に見たこのスタジオ映像で、クラプトンのかっこよさに一発でやられた。「ホワイル-」を作詞作曲したのはジョージ・ハリスンで、そもそも彼が親友のクラプトンをスタジオに招いたわけだが、この収録はクラプトンがハリスンの妻でモデルのパティ・ボイドに道ならぬ恋情を抱き始めた時期に当たる。

類い希な才能とゴシップに彩られた私生活。「ザ・ロックスター」ともいえるクラプトンの表裏を余すところ無くつづったのが映画「エリック・クラプトン-12小節の人生-」(11月23日公開)だ。本人と25年来の友人というリリ・フィニー・ザナック監督が切り込んだ真実は、ドロドロを突き抜けてむしろすがすがしい。

クラプトンがゆえあって祖父母に育てられたことは知っていた。が、奔放な母親からのあまりに残酷な仕打ち。出産間もなく家を去り、たまに帰ってきても徹底的に拒絶される。生々しい証言や当時の映像。後のさまようような恋愛遍歴の奥底にあった女性不信が見えてくる。

母に拒絶されていた16歳の時、ラジオで聞いたロバート・ジョンソン。心の穴を埋めるようにブルースの12小節のコード進行が染みてくる。映画の副題はこれを指す。女性には振り回され、ブルースは芯になる。彼の人生の構造が序盤で見えてくる。

ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズ、デレク・アンド・ザ・ドミノス、そしてクリーム…バンド遍歴のくだりは懐かしく、そして随所に知られざるエピソードが織り込まれる。関係者はもちろん、クラプトン本人の証言に基づいているのだからブレはない。音楽史やゴシップ史をなぞっても決してたどり着けないソノサキがあぶり出される。

登場するエピソードはどれも興味深く、紹介すればきりがない。また、興趣を削ぐことにもなるので、1つだけ挙げておく。

ハリスンの妻パティ・ボイドと「一夜の関係」を持ってしまったクラプトン。「悪いこととは分かっていても感情を抑えられなかった」と本人が振り返る。しばらくたってとあるパーティーで顔を合わせ、庭園に出た2人の間には危うい空気が漂い始める。その時、霧に霞む庭園の奥から人影が近寄ってきた。ハリスンだった。「彼と残るか、僕と帰るか。どっちかを選べ」。この時、パティは結局夫と帰る。クラプトン本人の話だから、まぎれもない事実。ドラマのような展開に唸る。

ドラッグやアルコールに溺れ、そこから立ち直る姿も並行して描かれる。脆さ、そしてどん底からはい上がる強靱(きょうじん)さ。皮肉なことだが、それも母親の拒絶があったからこそ培われたのかもしれない。ドラッグもアルコールもそして女性関係も-克服したからこそ明かした73歳のクラプトンのたくましさに感服した。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

「エリック・クラプトン-12小節の人生-」の1場面(C)BUSHBRANCH FILMS LTD 2017
「エリック・クラプトン-12小節の人生-」の1場面(C)BUSHBRANCH FILMS LTD 2017