「エッシャー 視覚の魔術師」のポスター
「エッシャー 視覚の魔術師」のポスター

だまし絵(オプ・アート)で知られるオランダ人の版画家マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898~1972年)のドキュメンタリー映画「エッシャー 視覚の魔術師」が14日から公開される。

このジャンルにこだわるアンジャッシュ児島一哉が、テレビのロケ先でしばしば作品を紹介するので、かなり気になっていた題材だ。加えて、杉原厚吉東大名誉教授の解説を情報番組で見て、だまし絵の「錯視」には計算幾何学という科学的背景があることを最近知った。

劇中でも大のエッシャー・ファンという歌手のグラハム・ナッシュが「彼の作品に感動して『素晴らしい芸術だ』と電話したら、『私は芸術家ではなく数学者だ』と返された」と明かしている。確かにエッシャーの残された映像を見ると、その容姿は芸術家というよりは学者然としている。

ナッシュに残したような皮肉めいた名言、迷言を数多く残した孤高の半生は、自身の作品のようにひねりがあり、知れば知るほど興味深い。

37歳の時、ファシスト党の台頭を嫌って10年あまり暮らしたイタリアを離れたエッシャーは、移り住んだスイスの「雪の白さ」に耐えきれずスペイン行きを計画する。妻と2人の船賃として旅の風景を描くことで船会社を納得させたというから、30代にして「金になる作品」を創作していたことが分かる。この旅の途中で、アルハンブラ宮殿のタイルの幾何学的な美しさに魅了されたという。感情のおもむくままの行動が、結果、作品の深みにつながっていく。

オランダ生まれのドキュメンタリー作家、ロビン・ルッツ監督は3D動画を多用してエッシャー作品の奥行きや回転を「動き」として見せてくれるので、その創作、思考の課程が分かりやすい。

エッシャー自身は米国のコレクターに宛てた手紙に「私の作品をテーマに良い映画を作れるのは、おそらくこの世に1人。それは私だ」と書いているが、もし存命なら、映像機能を存分に生かしたこの作品が気に入ったのではないかと思う。

幾何学的で謎めいた作品は60年代のヒッピー文化にも多大な影響を与え、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーからアルバム・デザインを依頼されたこともある。

語録の中には「私は成長しない。私の中には子どもの頃の小さな私が存在するのだ」「アーティストは皆美しさを追求すると言うが、私は常に『驚き』を追求してきた」などがある。

複雑な作品の出発点は気持ちいいほどシンプルだ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

エッシャーの作品
エッシャーの作品
エッシャーの作品
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