先月27日に米ロサンゼルスで行われた第94回アカデミー賞授賞式で、妻ジェイダ・ピンケット・スミスの容姿がジョークのネタにされたことに激高したウィル・スミスが、クリス・ロックを平手打ちした事件は1週間がたった現在も波紋を広げています。

主演男優賞にノミネートされていたスミスが授賞式の生中継で起こした前代未聞の事件は、世界200カ国以上に配信されており、この1週間ネットをはじめ世間はこの話題で持ち切りになっています。「脱毛症を患っている人の容姿をネタにするなんてありえない」「妻を守ろうとしただけだ」とスミスを擁護する声がある一方、暴力、さらに放送禁止用語まで使用したことに対する非難も多く、ロサンゼルス・タイムズ紙が報じた世論調査によると「何があっても暴力は許されるべきではない」とアメリカ人の5人に3人がスミスの行為を否定しているといいます。

おそらく本人はこれほどまでの大事になるとは考えていなかったのでしょうが、舞台裏ではロサンゼルス市警察が暴行罪でスミスを逮捕しようと駆けつけていたことなども明るみになっており、業界内からも厳しい批判にさらされています。特にスミスが事件後も会場に留まり続け、それからわずか40分後に「ドリームプラン」で主演男優賞を受賞した際のスピーチで、涙ながらに愛について語ったことへの批判は根強く、会場がスタンディングオベーションでそれを受け入れたことに疑問を呈する同業者も多くいます。

そんな中、退場させなかったことで批判を浴びている米映画芸術科学アカデミーは、「アカデミーの行動規約に違反した」としてスミスに対する懲戒手続きを開始したことを発表。資格停止や除名などの処分が下される可能性が指摘される中、スミスは自ら「退会」を表明しました。芸能情報サイトのデッドラインによると、スミスは今後10年以上アカデミーから追放される可能性があり、処分を軽くするため退会という選択をしたのではないかともいわれていますが、会員を辞任すると今後どのような影響があるのでしょう。

3月27日、壇上でクリス・ロック(左)にビンタするウィル・スミス(ロイター)
3月27日、壇上でクリス・ロック(左)にビンタするウィル・スミス(ロイター)

はじめに、アカデミー会員になるための資格について簡単に説明します。米映画芸術科学アカデミーの会員は俳優、監督、プロデューサー、脚本家など職業に応じた17の支部があり、会員資格を得るには会員2名の推薦が必要で、有名俳優だからと言って誰でもなれるというものではありません。もう1つの方法はアカデミー賞の候補者になることで、ノミネートされると自動的に推薦なしで会員資格が与えられます。スミスも2001年の「ALI アリ」で主演男優賞に初ノミネートされたことでアカデミー会員になっています。会員になると、アカデミー賞の投票権が与えられるほか、会員向けの試写会に出席できたり、スクリーナーと呼ばれる作品のDVDをもらうことができます。

では、会員を辞任したスミスは今後どうなるのかというと、会員ではないため投票権はなく、試写会などの招待状も届かなくなります。一方、会員でなくても今後ノミネートされることは可能で、授賞式への招待にも影響はありません。そして、辞任しても今回「ドリームプラン」で受賞した主演男優賞を返還する必要もありません。つまり、再びノミネートされれば授賞式に出席することができ、将来的にプレゼンテーターとして呼ばれる可能性も残っているということになります。

しかし、本来なら今年受賞したスミスは来年のプレゼンテーターを務めるのが恒例ですが、現状から察するにその可能性は極めて低く、少なくとも今後数年はノミネートされない限り出席は難しいと見られています。一方、今回受賞した主演男優賞のはく奪については話し合われておらず、オスカー像の返還が求められる可能性は低いと言われています。

では、将来のキャリアへの影響はどうでしょう。すでに撮影を終えているアップルのオリジナル映画「Emancipation」が今年公開を控えているほか、ネットフリックスのオリジナル映画「ブライト」(17年)の続編や「バッドボーイズ」シリーズ第4作など複数の作品への出演も決まっていますが、一連の騒動がこれらの撮影や公開スケジュールにどの程度影響を与えるのかはまだ分かっていません。インスタグラムに声明を発表して関係者や視聴者、ロックらに謝罪の言葉を述べていますが、現時点でロックへの直接の謝罪はまだないとされており、イメージを回復するためにも公の場での謝罪と騒動の説明を求める声も出ています。

もし仮に受賞スピーチで、自身の行為を素直に詫びてロックに謝罪をしていたらここまでの大騒動になっていなかったのではないかと考えたりもしますが、ビンタの動画や写真が世界中に拡散されてしまった今、今後の仕事に多少なりとも影響を及ぼすことは避けられないでしょう。「ALI アリ」「幸せのちから」(06年)に続き3度目のノミネートでようやくつかんだ栄光をビンタ一発で失ってしまったスミスは、キャリアへの影響を最小限にするためには、テレビインタビューに応じて幕引きを図ることが今できる最善の策なのではないでしょうか。

アカデミーは18日に行われる次回理事会で処分を下すものと見られていますが、どのような結果になるのか世界中が注目しています。【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)