18代目中村勘三郎さんの七回忌追善興行が東京・歌舞伎座で上演されている。57歳の若さで亡くなってから、早くも6年がたった。18代目も演じた「佐倉義民伝」「吉野山」など所縁の演目が並ぶが、中でも夜の部「助六曲輪初花桜」が追善の思いが色濃く漂っている。

助六は20年ぶりの片岡仁左衛門。18代目が「兄ちゃん」と呼んで慕い、仁左衛門も弟のようにかわいがっていた。実は、仁左衛門が「助六」に初めて挑戦した時、18代目の父である17代目勘三郎から教わっている。そして、18代目からは「やる時は教えてほしい」とこわれていたという。仁左衛門が「私より東京の人から教わったほうがいいんじゃない」と答えると、「兄ちゃんに教えてほしいんだ」と言ったという。18代目は仁左衛門の「助六」で、助六の兄白酒売や通人里暁役で出演したが、結局、助六を演じることはなかった。

今回、息子の勘九郎は18代目も演じた白酒売、七之助は揚巻で出演しているが、そこには仁左衛門の願いがある。「(18代目の助六を)実現できなかった思いを、今の勘九郎くんにつなげたい。勘九郎くんに私の助六をそばで見ていてほしい」と、将来の勘九郎・助六を見据えている。

そして、仁左衛門は「七之助くんを揚巻役者にしたい」と抜てきした。仁左衛門が「助六」を演じる時は、揚巻は必ず坂東玉三郎だった。しかし、今回は助六の母満江にまわり、初挑戦の七之助を指導した。七之助も「仁左衛門のおじさまが、私を揚巻に抜てきしてくださるのは優しさであり、父に対する愛だと思います。うれしさと感謝の気持ちを忘れず、勉めたいです」と懸命に演じている。

18代目の心残りは、残された2人の息子の行く末だったろう。17代目が亡くなった時、18代目は32歳と若手だった。それから自らの力で次々と大役を演じ、押しも押されぬ人気役者になった。18代目が亡くなった時も、勘九郎は31歳、七之助は29歳だったが、2人は活躍を続け、父親の追善興行を行えるまでに力をつけた。17代目は18代目に「歌舞伎座で追善興行ができる役者になっておくれ」と言っていたというが、孫の勘九郎・七之助も、できる役者になった。それは18代目への最大の追善でもあるだろう。

助六、白酒売の股くぐりをする羽目になる通人里暁役で坂東弥十郎が出演しているが、18代目とは1歳違いで、中学・高校も同じだった。花道で天国の18代目に呼びかける。「2人の息子さんはよくやっていますよ。一門のお弟子さんも頑張ってますよ。安らかに、天国から見守ってくださいね」。その言葉に涙する観客も多かった。18代目は誰よりも観客から愛された人だった。【林尚之】