吉永小百合(80)は、公開中の主演映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」(阪本順治監督)を、映画デビューして66年のキャリアと人生において「忘れようと思っても、忘れられない」代表作と位置付けた。かみしめるように口にした言葉の裏には、24年8月18日のクランクイン8カ月前から続いた“闘い”と、乗り越えて作り上げた作品への、ひと言では語りきれない思いがあった。【村上幸将】
★79歳人生初ピアス
「てっぺんの向こうにあなたがいる」は、75年5月16日に女性で初めて世界最高峰エベレスト登頂に成功した登山家・田部井淳子さんの15年の著書「人生、山あり“時々”谷あり」(潮出版社)が原案だ。吉永は、12年にTBSラジオ「今晩は 吉永小百合です」(日曜午後10時半)で対談し意気投合した、田部井さんを元にした多部純子を演じた。オープニング上映された東京国際映画祭で着た着物の帯には、田部井さんの写真を複写し入れ込んだ。
「思い、歩いてこられた道がとても好きなので、憧れみたいなものから役をやれた感じはあります。真正面から生きていらして、大変な状況になっても前に進んでいく、すてきさを役の上でやらせていただいた」
田部井さんが生前、ピアスを着けていたことを受けて撮影前に当時79歳で人生で初めて耳に穴を開けた。
「お姿を見て、ぜひやりたいと思ったけれど勇気がなくて。映画の時に、多部純子になるんだからやらねば、と思って開けました。(試写で)最初に見た時は、自分の至らないところばかり見つかっちゃって…でも、田部井さんの思いが、演じ終わってからジワジワ、伝わってくるんですね」
★2人1役「のんさん素敵」
青年期を演じた、のん(32)と2人1役を演じた。出演シーンは「半々ですね」と言うように、主演ながら真ん中に居続けない、近年にはない1本となった。
「のんさんが、とても伸びやかですてきで。私たちの富士山1合目のロケの時に見学に来て、最初から最後まで見て、いてくださった。自分が出演する仕事の現場に来ても大体、皆さんサッと帰られるじゃないですか。素晴らしいこと」
★13年ぶり阪本監督
12年「北のカナリアたち」以来13年ぶりの阪本順治監督(67)との再タッグを望んできた。同作では松田龍平、満島ひかりら若手と初共演し、場面によって引き立てる役回りも演じた。当時から、主演であっても一部となって全体を高め、作品が評価されたいと口にしてきた。今回、理想的な形で結実したのでは? と問うと、うなずいた。
「もう1回、やりたいという思いがあったんですよ。とても気持ちが合うというか。今回はやっていて何でも言えたし、監督もきちっと言ってくださいましたし。いろいろな形で、いろいろな方が出演していらして、それぞれ個々の思いが描かれていると思います」
★肉体改造着手裏で
撮影前に高所順応テスト、低酸素トレーニングなど肉体改造に着手した裏で、もう1つの闘いがあった。23年12月に夫岡田太郎さんの胆のうがんが発覚。看病と、関東6県、富士山、長野県、山梨県、福島県、富山県の山々を回るロケを並行する日々が始まった。
「病気のことが分かってからは、本当に大変だったんだけど…。ちょうど、その頃に撮影の準備から、8月には撮影に入って。すごいスケジュールなんですよ、毎日、ロケで。山梨のもっと先の山がきれいなところに日帰りで行ったり、泊まりで行ったり。もう…夫には絶対、見せられないスケジュールだったんですけど、病院のドクターに見せて『こんな感じなんですけど』と言ったんですね。奥さんが裁判官で『うちもね、仕事をすることと家庭とで、いろいろ大変なことがあるし。でも、それは仕方のないことだから』と言って励ましてくれて、とても、ありがたかったんです」
★待っていてくれた
吉永は、田部井さんが16年10月に腹膜がんのため77歳で亡くなる3カ月前に、高校生と富士山に人生最後の登山をした頃も演じている。そうした中、24年9月3日午前1時15分に岡田さんは94歳で亡くなった。ロケを終えた足で駆けつけ、最期をみとることができた。
「群馬県の伊香保温泉近くの、病院のロケに前日から行っていて。泊まって次の日も撮影して『絶対に、富士山に行く』と言うシーンを廊下で撮ってから、東京に帰ったんです。あと何時間か、という時に間に合って。良かったと思うんですけどもね…待っていてくれた、という感じで。何とか仕事も、きちっとやれたし。もっと、もっとできるとこと、足りないところも、いっぱいあったと思うんですけど、スケジュールを変更していただかなくて全部、撮り終えたことは、自分でもホッとしています」
★つらいって言うか
3月21日に都内で開催された「坂本龍一の芸術世界『東北ユースオーケストラ演奏会2025』」で朗読を行った後「どうやって生きていこうかという岐路にある。しっかり自分をコントロールして生きていく大変さをつくづく感じています」と吐露。その後、4月30日に映画が完成、5月13日に完成報告を開いた。
「つらいって言うか…やらなきゃいけないという思いですよね、いろいろなことを。そういうのがあったから、また良かったのかもしれないし。この映画の公開までは、とにかく自分の気持ちをしっかりと持って全力でやってきました」
★戦後80年思い馳せ
今年は戦後80年。その時代を生き、平和を願う1人の人間として、平和への思いを訴える朗読などの活動も全国各地で続けてきた。
「昭和100年。特に戦後80年、みんながどう生きてきたかということは大事。いろいろなことがあった、こんな戦争があった…それらを乗り越え、これから日本の人たちがどうつながり前に向かって歩いて行くのか。やっぱり故(ふる)きを温(たず)ねてということだと思います」
岡田さんの病の発覚から2年近く走り続けてきた。新作映画が公開し、宣伝活動が一区切り付くと、次に向かって歩みを進めるが、今回は「やっぱり、しっかりと自分なりの体と心のケアをしないと」と考えている。一方で「また来年に向かって、という気はしています」と口にした胸中の、ど真ん中には映画がある。
「これからも向き合っていきたい思いはあります…もちろん。自分では区切りは付けられないですし、やれる限りは映画という場所で生きて、仕事していきたい。ただ、それができなくなったら…一観客になろうと思います。まだ、少しやれるかしら? と思います。だんだん、せりふが覚えられなくなって(夫役の)佐藤浩市さんと(長男役の)若葉竜也さんにご迷惑をおかけした。ずっと後まで引っかかると思う。これからやるためには、今までの何倍もの努力、勉強をして乗り越えないといけない」
10日に行われた大ヒット御礼舞台あいさつでは「ムビチケを持って映画館に行きましたが、どうやって発券したらいいかとオロオロして。困ってらっしゃる方もいると思う」とシニア世代も見やすい映画館であるよう改善も訴えた。吉永小百合は映画のど真ん中で、どこまでも咲き続ける。
▼田部井さんの夫政伸さんがモデルの正明役で、夫婦役で初共演の佐藤浩市(64)
本当に参加させていただいて良かった。ご一緒することはあるにしても、まさか夫婦役をやらせていただく日が来るとは思っておりませんから…自分にとっては驚きでした。できるだけ垣根を取って、同じ立ち位置の中で夫婦をやりたい中で、こちらが考える以上に吉永さんがお気遣いしていただいて、取り払ってやろうとしてくださった。
◆吉永小百合(よしなが・さゆり)
本名・岡田小百合(おかだ・さゆり)。1945年(昭20)3月13日、東京都生まれ。57年のラジオドラマ「赤胴鈴之助」でデビュー。59年「朝を呼ぶ口笛」で映画デビュー。62年「キューポラのある街」でブルーリボン賞主演女優賞を最年少の17歳で受賞。同年「寒い朝」で歌手デビューし、橋幸夫さんと歌った「いつでも夢を」で日本レコード大賞受賞。「てっぺんの向こうにあなたがいる」が124本目の映画。







