藤原季節(33)が、NHK連続テレビ小説「風、薫る」(月~土曜午前8時)に出演中の9月1日に東京・後楽園ホールで行われる、プロボクシングのリングに立つ。それは幼少期から探し続けてきた、自分の居場所を見つけるための、唯一の道だったという。誰にも言えなかった俳優になるという思いがさまざまな縁で実を結び、朝ドラまでたどり着いた一方、背負い続けてきた“十字架”から自らを解放する…リングに向かう思いを独白した。【村上幸将】
★血走る目に…反省
取材場所に現れた藤原の左目は、白目の部分が血走っていた。8日付の日刊スポーツ本紙でリングに立つことを公表して2週間強。俳優業と並行する練習中にケガを負った。スーパーバンタム級(55・3キロ以下)4回戦で対戦する、ともにデビュー戦となる松村航(26=FUNABASHI E-BOX)は、全人口で1割しかいないとされるサウスポー(左構え)。オーソドックス(右構え)の藤原にとって向かい合った際の距離感から違い、対策のためのスパーリングでパンチを食うのも無理はない。
「(サウスポーとの対戦で)練習は一からやり直し。気を付けたんですけど、いいパンチを食って腫れちゃいました。距離の取り方がヘタだった。本当にやりにくいですが(俳優業と並行する中)目を腫らしたことは、かなり反省です」
★かけがえないもの
リングに立つきっかけは、Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」(是枝裕和監督)でボクサーの陣内英光を演じ、23年11月に東京・後楽園ホールで撮影を行ったことだ。
「演技とはいえ、後楽園ホールのリングに立ったのが大きくて。エキストラの観客の方から“陣内コール”が起きて泣いちゃった。『撮影に参加して陣内の姿を見て、病と向き合う勇気をもらえた』と書かれた長い手紙もいただきました」
陣内を演じるために日々、トレーニングを続けていく中で、ボクシングが人生においてかけがえのないものになっていった。その中、出世作となった20年の主演映画「佐々木、イン、マイマイン」(内山拓也監督)で演じた、強くいたいがためにボクシングをやっていた、石井悠二と一体化した感覚になった。
「あのまま悠二がボクシングを続けた世界線も、あったかもしれないし。自分の中で、演じた役と自分が、どこか地続きというか」
★俳優名でリングに
デビュー10年と30歳の節目の23年に出版した「めぐるきせつ」(ワニブックス)で、人生の歩みを赤裸々につづった。映画好きの両親の影響で子どもの頃から俳優を志望も、誰にも言えなかったこと。東京に行くために1浪を経て12年に中大文学部に進むも、映像視聴覚室で映画ばかり見ていたこと。芸能事務所を回るも相手にされず、大学の第二演劇研究会(ニゲキ)に入ったこと。8月の夏公演の舞台で俳優デビューし、翌13年に中退したこと。本名は「けんじ」と明かし、自分の居場所を探し続けたことなどをつづった。
それらを踏まえ「『けんじ』として生きる折り合いを付けられるのが、ボクシングだったのでは」と問いかけると、うなずいた。
「めっちゃ、その通りですね。本名でリングに立とうかと話し合い…でも、応援してくれる人にも見に来てもらえるように、あえて藤原季節で出ることになった。殴られるのは生身の『けんじ』の肉体なので、自分の闘いという印象が強いです。『めぐるきせつ』パート2を生身でやっている感じ。当たり前のようにジムに行き、体を休めて、ロードワークに行き…自分にとって、非日常だったボクシングが日常になった。ボクシングをやりながら文章を書き残そうとしたんですけど、客観視が難しくて」
ボクシングジムを、ついに見つけた自分の居場所だと感じている。
「俳優の自分がお邪魔している感覚が拭えなかったんですけど、本物のボクサーの中に入りたい、ジムを自分の居場所に変えたいところがあった。試合に出ると決めた時に、仲間とコーチの反応が変わり、自分が試合に出た時の話を聞かせてくれた。自分が欲しかった、お芝居じゃ得られない、本物の実感のために出たかったんだと思いました」
★人生は丸ごと物語
もう一つ、背中を押したのが、日本にも旧石器文化があったことを証明した考古学者・相澤忠洋さんを演じた、27年3月公開予定の主演映画「赤土に眠る」(金子雅和監督)の存在だ。
「岩宿遺跡を発見して20代で有名になっても、亡くなる直前まで夏井戸遺跡を掘り、夢を追い続けた人。人生は丸ごと物語だと感じ、僕も自分の人生を物語として届けたいと思った。25年11月の撮影から帰って燃え尽き正直、俳優を続けられるかと思ったんですけど、浮き沈みに耐えられる自信を『けんじ』として手に入れたい。肉体をもって闘いたいと、今年1月にリングに立つ決断をしました」
★山田裕貴らとの差
外部の舞台で共演した毎熊克哉(39)に誘われ、オーディションに参加した16年の自主映画「ケンとカズ」(小路紘史監督)で道が開けた。撮影中の13年9月に現所属のオフィス作のオーディションに参加、所属し、世界的な巨匠マーティン・スコセッシ監督の16年「沈黙-サイレンス-」のオーディションに合格し出演。地道に活動を続け「風、薫る」では、海軍中尉の小日向栄介と、正体の詐欺師・寛太を好演している。
「はまり役とすごく言っていただいて…探していたんで。ひょうひょうと世を渡り歩いていくけれど、内面の孤独を抱え、仮面を着け替えるような、自分の幼少期と通じる部分がある」
TBS系で3月に放送、U-NEXTで配信された「ちるらん 新撰組鎮魂歌」など注目作への出演も続く。初共演した山田裕貴(35)ら主演を張る俳優との差を感じると打ち明けた。
「『けんじ』という自分の器の大きさ、限界に気付き始めているところがあって。俳優の世界は怪物みたいな人の集まりで。『ちるらん』で主演する裕貴君をそばで見ていて重圧、期待…とんでもないものにさらされ生きているんだと感じて。自分もそういうところにたどり着きたいと思ったから、自分にしかできない闘いをする。裕貴君が『ちるらん』のために作ってくれたTシャツを着てリングインしようと考えています」
限界を超える一つの機会がボクシングのリングに立つことだと考えている。
「試合に出ることで、自分の器を無理やりでも拡大して、もっといい俳優になりたい。自分自身の存在を許容してあげないと、どこに行っても居場所は見つからないのかなと。役者を続けていく中で、自分を否定し、幸せになっちゃいけないという呪いを、自分に課してきた。生身の肉体で闘うことで、人間としての幸せの切符を、やっと取りに行ける気がするんです」
◆オフィス作代表の松田美由紀(64)
以前の舞台で、季節くんが小説を一冊丸ごと暗記して演じている姿を見たとき、俳優という仕事を超えて、何か神聖なことをしているように感じた。自分の魂を役の中に入れて、役の魂と交換しているような、そんな不思議な感じがした。季節くんがボクシングをやりたいと聞いたときも、ただ強くなりたいだけじゃなくて、自分の中にある純粋なものを確かめながら、それをもっと磨こうとしているのかなと思った。静かなたたずまいの奥に、ひたむきさと熱いものを持っている、本当に素晴らしい俳優さんです。でも、ボクシングであの素晴らしい暗記力は失わないでほしいなあ(笑い)。
◆藤原季節(ふじわら・きせつ)
1993年(平5)1月18日、北海道生まれ。2014年の映画「人狼ゲーム ビーストサイド」(熊坂出監督)で本格的に活動を開始。16年「ライチ☆光クラブ」(内藤瑛亮監督)18年「止められるか、俺たちを」(白石和彌監督)21年「のさりの島」(山本起也監督)23年「東京ランドマーク」(林知亜季監督)など出演作多数。「佐々木、イン、マイマイン」でヨコハマ映画祭最優秀新人賞、TAMA映画賞最優秀新進男優賞。







