お笑いコンビ髭男爵の山田ルイ53世(43)が、「一発屋芸人列伝」(新潮社)を発売した。レイザーラモンHGやムーディ勝山ら、“一発屋”らが一発を打ち上げるまでの苦悩と、現在に迫ったノンフィクションだ。月刊誌「新潮45」で連載しており、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」で作品賞にも選ばれた。単なる「消えた一発屋芸人の現在」ではなく、ドラマチックな人生を描いた、濃密な小説のように仕上がっている。
山田は神戸の名門、六甲学院中に入学も、登校中に脱ぷんして引きこもりになった過去を持つ。その文章力は、粗相を含めた半生をつづった「ヒキコモリ漂流記」(マガジンハウス)などで定評があった。そんな山田に白羽の矢を立てた編集者が「一発屋芸人列伝」の企画を持ちかけてきた。
山田 傷のなめ合いになるのは嫌やなと思って、ちょっと迷っていたんです。(中略)最低でも聞いた話くらいのおもしろさはキープせなあかんと。書いた段階でおもしろくなくなったら、すべらしたことになるので…。
悩んだが、尊敬する“一発屋芸人の心のセーフティーネット”ことレイザーラモンHGに取材して執筆。すると存外、おもしろいものになった。その後は担当編集者と相談しつつ、企画を進め、1人にかける時間はのべ約1カ月。下調べ、取材、執筆、必要に応じて追加取材も。客観性を重視すべく、学者に意見ももらった。ボケがかぶらないように、連載の順番にも気をつけた。山田は「ネタを書く要領と一緒です」と話す。
被取材者と同じ、一発屋という境遇だ。だが、独自の視点で現状をバシバシと斬る。ネタの分析も鋭く、専門家の意見書のようだ。
同業者だから引き出せる話もある。HGがハードゲイ芸でブレークするまでの5年間、大阪のゲイタウンに通い、ニューハーフパブでボーイをしたこと。ハッテン場の重鎮にあいさつし、ハードゲイを演じる許可を得たこと。ネタを完成させるまでの涙ぐましい苦労話を引き出せるのは、同じ芸人だからだ。
執筆は当然、主軸である芸人の仕事と並行した。
山田 カロリー使う大変な仕事やと思いましたけど、合間合間に地方営業という小旅行が挟まれるから、一発屋のお仕事がいい息抜きになりました(笑い)。
物を書く仕事は増えつつあるというが、芸人の仕事が軸なのは変わらない。
山田 次も、一般の方の結婚式で乾杯してきます。乾杯=グラスだから、結婚式とか企業の何周年パーティーとか、お祝いの場には呼ばれる芸人ですね。そっちが本業ですから。はっはっは。
一発屋は任期を終えると、地方営業が主軸になるという。ジャーナリストとして新たな一発を放った山田だが、これからも芸人で居続けるつもりだ。【杉山理紗】
◆山田(やまだ)ルイ53世 本名・山田順三。1975年(昭50)4月10日、兵庫県生まれ。中学受験で名門六甲学院に進学するも中退。その後、旧大検を取得し大学に進学するも挫折、97年に東京NSCに3期生として入学する。退所後、共通の友人を介して知り合ったひぐち君とコンビ「髭男爵」を結成。08年、「ルネッサーンス!!」ネタでブレーク。173センチ130キロ、血液型O。



