人間国宝で歌舞伎俳優の中村吉右衛門（なかむら・きちえもん）さん（本名・波野辰次郎=なみの・たつじろう）が11月28日午後6時43分、都内の病院で心不全のために死去したことが1日、分かった。松竹が発表した。77歳。東京都出身。今年3月に心臓発作で救急搬送され、療養中だった。葬儀・告別式は親族葬として行う予定。
【家系図】中村吉右衛門さん家系図 兄は松本白鸚、おいは松本幸四郎、めいは松たか子、四女の夫は尾上菊之助＞
歌舞伎界を代表する立役の1人だった。89年から16年まで続いた人気ドラマ「鬼平犯科帳」シリーズで主人公の長谷川平蔵を演じ、お茶の間でも人気だった。
吉右衛門さんは3月28日夜、歌舞伎座で「楼門五三桐（さんもんごさんのきり）」に出演後、食事に向かったホテルで心臓発作を起こし救急搬送された。翌日の千秋楽はを休演し、幸四郎が代役をつとめた。4月末には一般病棟での治療を受けていることなどが松竹から発表された。
また松竹は6月1日、「七月大歌舞伎」（東京・歌舞伎座）を休演し、当面療養に専念すると発表した。吉右衛門さんは、第2部「御存 鈴ケ森（ごぞんじすずがもり）」での復帰を目指して都内病院で療養していた。
ここ最近は体調が万全ではないことが多かった。吉右衛門さんは昨年12月の配信マガジンの連載で「10月にあることで手術を受けました。影響が思ったより体に響いてしまい、大声を出すと息が上がり、立ち上がるのに苦労し、歩くだけで心臓がバクバクする」などと記している。今年1月の歌舞伎座でも、途中7日間、体調不良で休演した。これまで吉右衛門さんは、11年に胆管結石のため内視鏡手術を受けたほか、13年にのどのヘルペスを発症した際、味覚障害と診断されて体重が10キロほど落ちたこともある。
当たり役は数多い。「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助、「熊谷陣屋」の熊谷直実、「菅原伝授手習鑑（てならいかがみ） 寺子屋」の松王丸など、人物の内面を深く掘り下げた。
祖父で養父の初代吉右衛門の芸を目指し、初代の芸の魂を受け継ぐための公演「秀山祭」にも力を入れた。常々「僕なんかまだまだ」と言い、向上心を持ち続けた。菊之助にも自分が演じてきた役を伝え、次世代に引き継ぐことにも熱心だった。「80歳になって『勧進帳』の弁慶をやりたい」と目標を語っていた。
◆中村吉右衛門（なかむら・きちえもん）1944年（昭19）5月22日、東京都生まれ。屋号は播磨屋。初代松本白鸚の次男として生まれ、母方の祖父初代吉右衛門の養子となる。早大文学部仏文科中退。学生時代は外交官を目指していた。48年6月に中村萬之助を名乗り初舞台。61年から10年間、東宝に在籍。その間の66年10月帝国劇場「金閣寺」で2代目吉右衛門を襲名。大星由良之助、弁慶、熊谷直実、俊寛、「梶原平三誉石切」の梶原平三、「天衣紛上野初花」の河内山宗俊など当たり役多数。ドラマ「鬼平犯科帳」でも活躍。映画は「柘榴坂の仇討」など。02年に芸術院会員、11年に人間国宝。17年文化功労者。松貫四（まつ・かんし）の筆名で創作、脚色も行う。絵画、スケッチが得意。178センチ、血液型B。
