AKB48が、12月8日に劇場オープン16周年を迎えた。同グループは、国内のSKE48、NMB48、HKT48、NGT48、STU48をはじめ、JKT48、BNK48など海外にも姉妹グループが広がっている。現在は総勢600人近くに及ぶメンバーをまとめるリーダー的存在が「総監督」だ。「国民的アイドルグループ」の丸15年の歴史には、リーダーたちの人知れぬ思いや葛藤があった。(敬称略、年齢は現在、名称などは当時)【大友陽平】
★高橋みなみから横山由依へ
14年も秋に差し掛かった頃。あるイベントの終了後、東京行きの東海道新幹線車内で、高橋みなみ(30)は震えていた。
「ちょっと、話いいかな?」
横に座っていた横山由依(29)が「これからプロポーズでもされるのかな?」と感じるほど、高橋の様子はいつもとは違っていた。
「秋元(康)先生とも話をしたんだけど…。総監督を由依に任せようと思うんだよね」
高橋は、ためらっていた。12年の東京ドームコンサートで任命された「総監督」という役職。それまでは、グループやチーム単位でキャプテンやリーダーはいたが、姉妹グループが増え、全体的な「リーダー」的存在が求められる中で、「総監督」というポジションができた。もっとも「総監督とは-」という、明確なルールがあるわけではない。コンサートではリハーサルから全体をまとめ、MCの仕切りをはじめ、時にメンバー間、グループ間、運営との間に入る“中間管理職”的な役割まで…。与えられたポジションでもがいてきた高橋は、卒業とともに「総監督」というポジションも、一度終わらせた方がいいと考えていた。
高橋 自分で自分の仕事を増やしてしまった経緯もあったり、この役割を人に渡すというか、負担を全部スライドさせるのは耐えられなかったんです。
秋元康総合プロデューサーにも「私の代で、1回なくせませんか?」と直談判した。
高橋 秋元先生に相談する前に、実は一度、由依にはやんわりと“打診”していたんです。自分が卒業しようと考えていることを伝えつつ、お互い「総監督」のことが浮かんでいたとは思うんですけど…。「次は誰かな? って考えると、由依とかね…」と言った時、由依がすごく複雑な顔をしたように見えたんです。それはそうだよなって。
秋元氏からは「女の子の集団には、誰か必ず引っ張る人がいた方がいい」と諭された。高橋も、後を託すとしたら、横山しか適任はいないと考えていた。意を決し、新幹線の車内で震えながら伝えた。「総監督を由依に任せようと思うんだよね」。横山は快諾した。
横山 最初に打診された時、ちゃんと覚えてはいないんですけど、「みんなから認められる人がなるのがいいんじゃないですか?」みたいなことを言ったんじゃないかなと思います。だから自分ではないけど、誰かが…という感じでイメージをしていました。でも新幹線の中で言われた時に、直感でメンバーとかファンの方のことが浮かんで、出来そうだと思えたんです。
14年12月8日の9周年公演で高橋は、1年後の卒業を発表。次期総監督に横山を指名し、1年の“並走”期間をへて、15年12月8日、「総監督」というバトンが、初めて引き継がれた。
▼▼後編には座談会動画もあります▼▼
★横山由依から向井地美音へ
後を継いだ横山は、苦しんでいた。約1年の並走期間があったとはいえ、その言動で圧倒的なリーダーシップをとっていた高橋の存在は大きすぎた。
横山 どうしても比べてしまって、しんどくなる時もありました。すごすぎて「尊敬してる」とかも言いたくないくらい…。もちろん、嫌いになったわけではないんですけど、もうすごすぎてちょっと何か…嫌だなみたいな。
高橋 成り立ての時は、「いつでも連絡してね」って言ってたんですけど、きっと由依の中でぶち当たる壁が大きすぎたんでしょうね…。どんどんメールが来なくなって…。でも今は連絡するタイミングではないんだと。
重圧に苦しめられる期間もあったが、総監督としての経験を積んでいくうちに、「たかみなさんは、たかみなさん。自分は自分で良いんだ」と思えるようになったという。
高橋 多分自分の中の総監督像ができたんだなっていうのは、テレビなどで見ていても分かってましたよ!
横山 あの新幹線の時に、「やります!」って答えて良かったと今も思っています。自分の直感を信じて良かったです。
そんな横山の背中に、後を継ぎたいという後輩が現れた。18年6月16日、ナゴヤドームで開催された「第10回世界選抜総選挙」で、13位に入った向井地がスピーチで「私は、いつの日にか、総監督になりたいです」と宣言した。
横山 総選挙の前日に「総監督を目指しますって言おうと思うんです」と連絡をくれました。私もその時はまだ、誰に総監督を引き継ぐのかというイメージがなかったんですけど、しばらくして秋元先生との話の中で、個人の活動にもシフトして…という話から、次の総監督を決めようという流れになって。秋元先生とも、美音の“AKB愛”が一押しになって、意見が一致しました。
ただ、そのまま引き継ぐことはしなかった。横山は自宅で「総監督が美音になりそうだよという流れを話して。リーダー寄りな行動にしていった方がいいよというようなアドバイスをして、それがちゃんとできるようになったら発表できると思うから」と伝え、向井地の様子を見守っていた。
向井地 それまで(活動の中で)リーダー的な要素はなかったので、それを一生懸命頑張ろうと思って、(出番前に)楽屋を出るのを1番にするとか、たかみなさんや横山さんの“まねっこ”を頑張っていた数カ月間でした。
18年12月8日のAKB48劇場13周年公演で、横山が向井地を次期総監督に指名。翌年3月末をもって横山が退任し、4月から3代目総監督が始動した。
それぞれのタイミングで「総監督」の継承が行われてきたが、1人だけこの流れを“予言”していた人物がいた。
高橋 秋元先生と由依に引き継ぐかどうかという話をしている時に、その次のについて、実は美音の名前も挙がっていたんです! 当時まだ入ってきたばかりだったのに…。まるで予言者ですよね(笑い)
★三者三様の総監督
「総監督」とは、広くいえば「48グループ全体のリーダー」だが、各グループやチームの「キャプテン」とは、またその重みも違うという。
高橋 チームキャプテンの時は、よりチームの1人1人を理解して、みんなが気持ちいいようにできる環境を整えることが求められるのかなと思いました。総監督はそれがもっと全体的なことになって、何かあると聞かれたり、表に立たなければならなくなる分、大変だったと思います。
横山 自分の発言が、48グループ全部の総意とみられます。グループの全体のことを考えた発言になるので、もちろんそれはそれでいいんですけど、自分を全て出し切れないという部分は、難しかったです。
リーダーとしての色はつく一方で、一タレントとしてもそれぞれの夢を追って活動している。そのバランスをとるのは容易ではない。
向井地 横山さんが「自分が、何が好きなのか分からなくなる」って言っていたんですけど、それは今、分かるかもしれないです。どの公演とかコンサート、イベントにも「総監督」として出るので、ある意味全てが“並列”になるというか…。
横山 コンサートでも、言わないといけないことがたくさんあって、そこに不安な気持ちがありつつステージに立つのと、単純にライブが楽しい! っていう入りたての時の気持ちは、総監督をやっていると違う部分はありました。
高橋 本当はキャピキャピしたいところでも、客観的に物を申さないといけなくなった時に、自分はその輪の中には入れないとか…。総選挙でも、個人の欲は出せないなとか。グループを少し客観的に見なければならないですし、プレーヤーとしての自分は、若干捨てなきゃいけない部分もありました。
それでも、「総監督」だからこそ得られた経験は、とてつもなく大きいという。
高橋 学びとして、卒業後の人生にめちゃくちゃいかされてるなという実感があります。全てにおいて、今はこう見られてるなとか、今最適な言葉はこれだなという…“テスト”をずっと受けていたと思うんです。それを経験として積めていると、どこに行っても恥ずかしくはないかなと思います。大人(スタッフ)と密にやらなきゃいけないポジションでもあるので、大人との話し方であったりとか、圧倒的に人生経験としていきています。自分が思ってる以上に、「総監督」ということで名前も覚えてもらえます。この大所帯のグループの中で、今のところ3人だけですからね。
横山 周りのメンバーがすごく支えてくれているなとか、今まで顔が見えてなかったけれど、関わってくださっていたスタッフさんとお仕事させてもらったり、たくさんの人が協力してくださっているんだなというのを学びました。
向井地 AKB48が(ファンとしても)大好きで、もっとこうしていきたい! という思いを実現させたかったので総監督にも立候補しました。大変な時期もありましたけど、今やっとそのやりたかった、なりたかったAKBに向かって、周りのメンバーも協力してくれて、同じ方向を向いて進めているなと思うので、今、すごく楽しいです。
総監督としての肩書を超えて、感じることができることもあるという。
高橋 自分が卒業する時は由依を指名して、1年間並走しましたが、肩書がなくなった後の劇場公演とかライブって、めちゃくちゃ楽しかったの。
横山 私もこの2年くらいは、普通のメンバーとして活動していて、本当に楽しかったんです! 総監督も経験としてはすごく良いんですけど、ちょっと辛いことも多いから、やっぱりAKBが好きだという気持ちで卒業したり、次のステップに進めるといいですよね。やっぱりやって良かったです。
リーダーやキャプテンでなくても、メンバーの数だけドラマがある。酸いも甘いもリアルに経験するからこそ、人は成長できる。そんなリアルを見せ続けるAKB48は、これからも続いていく。
◆高橋(たかはし)みなみ 1991年(平3)4月8日、東京都生まれ。愛称「たかみな」。05年12月にAKB48の1期生として加入。12年8月~15年12月8日まで、初代となるAKB48グループ総監督を務め、16年4月にグループを卒業。著書に「リーダー論」など。血液型AB。
◆横山由依(よこやま・ゆい) 1992年(平4)12月8日、京都府生まれ。愛称「ゆいはん」。09年9月、AKB48の9期生として加入。12~13年はNMB48兼任。総監督は、2代目として15年12月8日~19年3月31日まで務める。12月9日にAKB48を卒業し、女優に。血液型B。
◆向井地美音(むかいち・みおん) 1998年(平10)1月29日、埼玉県生まれ。愛称「みーおん」。子役をへて、13年にAKB48の15期生として加入。16年3月、シングル「翼はいらない」で初センター。18年12月、横山に総監督に指名され、19年4月1日から3代目を務める。血液型O。