ザ・ドリフターズのメンバーとして人気を博した、タレントの仲本工事(なかもと・こうじ、本名・仲本興喜=なかもと・こうき)さんが19日夜、急性硬膜下血腫のため、横浜市内の病院で亡くなった。81歳だった。仲本さんは同市内で車にはねられ、危険な状態が続いていた。遺体は20日に病院を離れ、葬儀所に安置されたとみられ、葬儀は家族葬として営まれる予定。一世を風靡(ふうび)したお笑い界のレジェンドの悲報に、多くのタレントが悼み芸能界に悲しみが広がった。
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顔をくしゃくしゃにした優しい笑顔と物腰柔らかでサービス精神も旺盛、エンターテインメント界のレジェンドは会っただけで幸せな気分にさせる人だった。18年に仲本さんがマスターを務めるスナックで取材した。昭和にタイムスリップしたような店を訪れるとニコニコと出迎えてくれ、「その辺のソファに座ってね」と言って、お茶を出してくれた。子どものころ、夢中になって見ていたテレビの中の大スターからの手厚いもてなしに恐縮しているとニッコリしながら「わざわざ取材に来てくれてありがとう。何でも答えるよ」と、うれしい言葉だ。
仲本さんは、全国からファンが店を訪ねてくることや、自身は下戸で一滴も飲めないが、酒をつくりドリフターズ時代の話をしたり、カラオケで歌声を披露することもあるなど、とりとめもなく話してくれた。気が付くと2時間近くたっていた。嫌な顔もぜず、こちらが質問を続ければまだまだ話してくれそうだった。取材が終わると「ごはん食べていってよ。純歌の料理はすごくおいしいんだ」と、スナックに隣接する居酒屋で妻である純歌さんの手料理まで振る舞ってくれた。純歌さんにベタぼれているのが会話を聞いていても分かった。
ドリフターズはいかりや長介さんと志村けんさんが亡くなってからも続いている。グループの話になった時、仲本さんは柔らかい表情だったが、それまでよりも少し力を込めて「解散なんて考えたことないよね。解散したところで世の中、変わらないし。昔の映像とかでも皆さん懐かしんで喜んでくれるから、解散する必要ないもん」と話した。仲本さんは今後も記憶と過去の映像で我々に笑いを提供し続けていくのだろう。仲本さんを失い、その発言の真意に気付かされた。【上岡豊】



